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頑固モノの切なさ

Dec 9, 2005 に書いた文章です。

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頑固:(1)他人の意見を聞こうとせず、かたくなに自分の考えや態度などを守る・こと(さま)。(2)病気などが、なかなか治らない・こと(さま)。

自分が頑固であるかどうか?を考えてみるときに、この「他人の意見を聞こうとせず」に注目してみるといいんじゃないかと思います。昨日のエッセイと少し被るところがあります。私は今日、仕事で電話を数箇所かけて、メールでのやりとりを20本ほどしたのですが、他人の意見、特に、Exspertise(専門性のあること)に耳を傾けるのは、本当に大事だなぁ、とつくづく実感していたところです。

この聞く、というのも、ただ会話を成り立たせるためにふんふん聞いていることではなく、脳に行き渡らせ、分析し、そのあとに自分バージョンでの受け取り方をする、というプロセスです。ただ聞くだけなら、とりあえず我慢していればいいわけですから・・・。

私個人はどうか?というと、他人の意見はよく聞くほうです。が、相手のプレゼンテーションが悪いと遮ってしまうようなことも、若い頃には多々あり、たいへん失礼な小娘だったことは動かしようのない事実です。なのにどこかでひっかかっていて、それらを思い出し、活用してきたという自負もあり、延べ数にしたら相当な数の方々と話をしてきて、本当によかったと思います。ナマミの生きている人だけでは足りず、本をたくさん読みまくったことや、映画をUSに来てから見まくったことも生きています。

私はそれほどマメマメしい人間ではないのですが、心に残ることを記憶できない場合にはきちんと書き残すという作業にこだわります。このエッセイ群もそのひとつです。私がUSに来て感動したことはたくさんありますが、そのひとつに、US軍部の記録のすばらしさ、というのがあります。どんな戦争映画を見ても、きちんとドキュメントとして保存しようという心がけがあり、それが偏ることのないよう大勢を採用してまとめているというところに、USの基礎を見る気がします。私は自分のエッセイをきちんと整理しきれてはいませんが、そんなにすごい人間でもないので、編集さんがいてやってくれるわけでもないので、仕事が一段落したらきちんと整理してみたいとは思っています。というわけで、他人の話について、きちんと聞いて考えて、さらに記憶する、できない場合は記録する、というのはとても効率がいいのです。整理整頓能力が大きく欠如していても、最近はBlogもあるし、けっこう整理できると思います。

他人の話をきちんと聞いているかどうかは、その書いたものを読み返せばまたわかります。誰からどんな話を聞き、どんな映画や本のどんなエピソードが心にひっかかったのか、きちんとそこに実在しているわけです。何も残さない場合には、いつか記憶の墓場に葬られてしまうことになるので、私は日記をつけることをあらゆる人に薦めています>が、けっこう面倒だと却下される率が高いです(笑)。

そして、書いてあるものが物事の核やその周辺の大事な事実に沿っているかどうか、判断すればいいわけです。論理的な文章を書くことをオススメするのはこれにも役立つからですし、他人の意見をどうして取り容れたのか、取り容れなかったのか、きちんとした証拠が残ることになります。ナマミの人間では、ふたつの大きな矛盾をどちらも是とするような出来事がよく起こります。それがなぜなのか、他人に伝えるのは気の遠くなる作業です。どんな論理の軸で物事を切っているのか、分けているのか、混合させているのか、がわからなければ、聞いている相手や見ている人にはわからないままで終わります。誰にどう見られてもいいのですが、誰かを混乱させたままで無責任な発言を繰り返していい、ということでは全くないので、ここらへんは気をつけたほうがいいです。

とりあえず聞いて流しているだけで、次の行動に変化が伴わない場合、意見を言った相手の不愉快さはとりあえず、第二義だと思うのですが、自分にとって大きな差がでます。ゆとりがないから行動に変化を兆せないわけですから、意見を披露した人間のご機嫌を取ることはないです。が、せっかくの意見を無駄にしないよう、さっそくいいところ取りをして自分に取り容れてしまったほうがやっぱり長い目で見たらいいわけです。当然、昨日のエッセイの話に続くように、達成したことでの自信となり、日々の糧になっていきます。

メールを見ていても思うのですが、コミュニケーションの上手な人と、来たメールをきちんと読みきれていない人とかなり明確に差が出ます。読む気がない人はそこで止まっています。自分の考えの中から出ることができず、広がりがないまま、仕事をしたり、友だちつきあいを続けていくわけです。

特別、私のエッセイの中の題材を誰かとの話に取り込まなくていいのですが、どんな物事でも、日常を暮らす中で何か引っかかるものがあったら、話して記憶を強化したり、書き留めてみたり、というのは、私が日頃映画や本やネットや人付き合いでしていることと同じで、あとから必ず血や肉になります。そして、自分の行動を意識的に変えることができるようになり、時間をかければ、脳が物事を解析するスピードや実際に動く時間やその他に大きな違いが出てきます。保証しましょう♪

が、やはり慣れないうちは面倒くさいのです・・・・。だからやり始めるまでがたいへんです。私の掃除と同じですな・・・。私は掃除をしようと決めてしまい、始めてしまえばかなりエンジョイしているのですが、始める覚悟をつけるまでがかなりたいへんです・・・。先ほども、社員Sちゃん仕様になっていたキッチン周辺を少し片付けたのですが、気づくと30分経っており、特に好きなカテゴリー行動ではないにしろ、やれたということでけっこううれしく思っています←単純でオトクである(笑)。

頑固であることは、かなり、相当、猛烈に、損です。失った可能性の蓄積を考えてみると、そりゃー膨大です。人として、どうしても最後の一線で守らなければならないこと、というのは確かにあります。が、それは普遍的な社会動物としての人の魂の純化問題であり、自分というエゴの塊のプライドとは別のことです。そんなエゴはすぐに振り捨ててしまい、どんどん自分をいい方向に変えたほうがいいです。自分のやり方や態度がそれほどいいものならば、きっと今頃は、何の不満もなく、何の障害もなく、最低限の家族や同僚や友だちとだけおつきあいをして、隠遁めいた生活をし、経済的にも難なく、ネット中毒にもなっていないことでしょう。

私はまだまだ未完成な人間ですが、やっと天国への階段が見えてきました。宗教的なことではなく、自分がこれでよし、と思った人生の方向性、死んだときに自分なりに到達したいと思う天国へ続く道が見えてきたということです。まだもう少し歩かなければ、実際の階段の上り口には到達しないところですが、私はこのまま行けば、きっと登り始めることができるんじゃないかと思っています。

目下の私の課題は、世の中のいろいろなイヤでネガティブな物事に、あれこれかまわず不平をたれないことです。言ったからといって変わるわけではないので、自分なりに変える力を持てるようになりたいです。日本のニュースは暗いものが多かったです。が、暗いからニュースになる、とも言えるわけだし、USでは進んで事件モノを見ている私としては、日本の現状に対して明るい材料を見つけたいと思っています。

今日は、自分が頑固であるかどうか、しかと確かめるために書いてみました。どちらかというと日頃、頑固な人々に囲まれているかもしれない、と思ったせいもあります。が、書いてみると、私の周りの人々はみな寛大であるということもわかりました。書いてよかったです♪
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↓ これがGregory Peckの若い頃

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