ここは基本的にもうダメなところだなぁと私個人は感じます。ヒトだけでなく、イキモノ・生命体の基盤になるものは命→健康なので、ここを死守していかないといけない。なのに、いっしょに生きているはずのパートナーや親や子や友人や同僚や上司や部下が、立場や距離感はどうであれ、ここに気づかないのは非常にまずいなぁと感じます。
たとえばよくある話で、「運転が好き!だから大丈夫」と本人が言ってもいないのに、往復2時間などの運転を任せちゃって、隣で寝ちゃう人とかいますよね?「寝ないで」「眠くならないように話をしようよ」と言えない本人も半分悪いですが、やはり運転してもらっている側の「他者の健康を慮らない態度」には問題があると言えます。
だってねぇ、Self-Esteem:自己肯定感の基礎は、「生きているだけで丸儲け」と思えるかどうかですから。命があるのだから、前に進むしかない、進めると思いながら、成長して強くなることを選び続けていくことにより、自分の価値を自分でもっともっと認めることができるようになります。
ところが、袖すりあうも他生の縁:道ですれ違う人同士が袖を触れ合わせるような、ほんの些細な出会いであっても、前世からの深い因縁によるものだ、として何か重要な物事を重要だからこそ、言えないとか言っちゃ失礼だと思うことも多いらしいですし、平気で相手のキャパ超えすることを言ってしまえて平然としているヒトも多いですよね。
この「言えない」ことを心理学ではSelf-Disclosureと呼びます。
Self-Disclosure:自己開示:自分の感情、価値観、経験、弱点などの個人的な情報を、ありのままに相手に伝えること。
我慢に我慢を重ねて自分のつらい状況を伝えられないことは、生き延びることに困難をもたらします。回りくどさを選ぶのか、率直さを選ぶのか、という極端なところではなく、中庸のいい塩梅のところや、時と場合と場所と相手によって、さまざまなパターンがあることを知っている人が生き抜きます。人間関係が悪くなることが少ないか、あるいは、悪くなっても仲直りができるか、あるいは、距離をうまく取れて今後は付き合えるようになるか、など。最悪の場合は、縁切りなんですけどね・・・。まぁ、それでもいい関係性の人々や出来事やモノなどは、あなたにとっても必ずありますから。たとえば、戦争とか、たとえばウニとか、たとえばコルセットとか、たとえばSilverster Stallone(シルベスター・スタローン)とか。距離があったほうがいいものには、距離を置いたら、人間関係で傷つくこともないですしね。
まずはどうであれ、健康についてのことは言いましょうよ。そして、みんなが生命そのものや健康について、いたわりあえるような態度を持ちましょうよ(^^♪ と私はいつも言っています。
そのための「元気?」「最近調子はどう?」「風邪ひかないでね!」「疲れが溜まってるんじゃないの?」「大丈夫?」「ちゃんと眠れてる?」などの声掛けしてますか?
基本的なことをすっぽ抜かして、相手に求めることが多すぎるのはダメダメです。健康は基本のキですので、労わり合えるように。たとえケンカしていても、険悪でも、つきあいたくなくても、健康と生命の連続性だけは祈りたいものです。




