私はコンスタントに幼稚園くらいからものすごくある特定のヒトたちに対してイヤな人間だった自覚があります。(◎_◎;) 今も同じで、耳が痛いことや胸にぐさっと刺さることを平然と普通の感じで言うんだろうなぁという自覚があるんですが、敢えて言ってます。(^^;)
なのでこのタイトルのように過去形でもなく、ほぼ習慣となっている現在形なのですが、去って行った人たちにとっては過去形だろうなぁと思って書いています。ここはかなり冷静(笑)。
その自覚は8歳から始まりました。とある日、私は母と問答を開始してしまうんですね。(^^;)
母:どうして目上の人に失礼な態度を取るの?
私:どうして年上なだけで大切に扱ってこちらがいつも教えてもらってありがとうと言わなければならないの?
母:どうして目上の人に感謝できないの?
私:年が上なだけでバカなことばかり言う人はいるから。バカな人の言うことは聞きたくないし、ありがたくもない。
母:あー!どうしてバカだと思うの?
私:間違ったことを教えても間違っていると思ってないから?
母:じゃ、ママもバカなのかしら?
私:ママは間違ったね、って言えるからバカじゃない。
母:あー!誰がバカだと思うの?
と延々と続いていったのでした(笑)。
そして母はその人たちと私を遭遇させない工夫をしていたようです、以来。すまぬ、母・・・。(・・;)
それは小学校でも中学校でも続くんですが、私は「率直」を絵に描いたような人間で、思いやりがないとか、身勝手だとか、わがままだとか散々言われたものでした。あとは気分屋とかね・・・。
私には私の理路整然とした理解のプロセスがあったり、より理解するための試行錯誤だったり、合理性や成功を求めるための工夫だったりしたんですが、まぁ、自分ペースすぎたのは認めます。(・。・; だからこそ、周りに対してものすごくイヤで避けたいニンゲンだったんだろうなぁとは、今、ものすごく心当たりがあるんですよね。
正しいからいいわけじゃないし、2歩くらい先を見ているからいいわけでもないし、年齢のわりにちゃんと考えているからいいわけでもなく・・・。私は周囲の9割以上の人たちに、「バカ」「わがまま」「何もできない」と言われていたので、むしろ私が先んじているとか正しいと思えたことはただ一度もなく、遅れているとか、間違っているとか、とんでもない明後日の方向についてこだわっていると思ってきたんですよね。それはびっくりすることに、駐在員の妻たちと揉めて、それが終わる31歳くらいまで続いた(笑)。
それまでは確実に多くの日本人にはイヤなやつだったんだろうと思うし、今も、この仕事をしていなければ、従来通り9割の人たちにイヤなやつだと思われて生きてきたんだろうなと思うんですよね。
今もまだまだイヤなやつ全開でブン廻しつつ暮らしていますが、私が言わなくて誰が言う!くらいのことを思いつつ言ってます、今は。言いたくもないですけど、使命だろうなと思うようになってきました。そうですねぇ、36歳くらいからは、「嫌われてナンボのもん」くらいには思えるようになってきています。
あ、嫌われても傷ついていません。おそらく30歳過ぎてからはもう全然・・・。(◎_◎;) 嫌った人のほうがイヤな負荷が掛かっているに違いない、とすら思っています。(・_・;)
できればみんなに嫌われたいくらい。そしてこの世に未練なく枯れて侘びて寂びて死にゆくのが目標ですっ!








