小学生の悩みに答えられるか? 8位 ペットの死が悲しい

しばらくおつきあいいただきたいのが、小学生に説明できるほどにきちんと考えてみる、納得してもらえるように考える、というお題。なぜこれをやりたいか?というと、Einsteinアインシュタインが言っていたのです。「6歳の子どもに相対性理論を難しいボキャブラリーなく教えられる人が本当に頭のいい人」と。確かに・・・。

であれば、もっとシンプルな役に立つ悩みに応えてみようじゃないか!というのが、大人である私たちの脳みそをフルに使う醍醐味ではないかと。ランキングを拾ってきたので、それを使います。

8位はペットの死が悲しい、という悩み。あなたは小学生になんと答えますか?

小学生だからと侮るなかれ、なのだ。そのあなたの言葉と対話の瞬間が彼らの原体験となって大人になってから死ぬまで続くことだってあるかもしれないから。

原体験:その人の人格や価値観、行動原理の土台を形成した、幼少期や青年期における根源的な経験。

重要任務に見えてきたよね?(笑)

生死に出遭う時期はヒトによって違いますし、ここのところ祖父母が長生きの傾向があるため、小学生や子ども時代に死に直面する人口も減っているのかもしれません。ただ、虫から始まり、小動物へと移行していき、家族を失う悲しさに対して、どうやって向き合うのかを考えてみて、自分と「小さいニンゲン」の違いを考えてみるのは重要だと、私個人は思います。

死の概念を理解し始めるのは、一般的に6〜7歳頃とされています。2〜3歳では眠りのような一時的なもの、4〜5歳は「悲しいこと」「いつか生き返る」と解釈しがちですが、9〜10歳頃には大人のように、死が「もう二度と会えない(不可逆的・普遍的)」ものだと理解します。 

年齢による死の概念の発達の目安は以下の通りです。

  • 3〜5歳: 死は眠りのような一時的なもの、いつか戻ってくると考える(不完全な理解)。
  • 5〜9歳: 死を「怪物」や「お化け」のように擬人化して恐れる、または誰にでも訪れる普遍的なものだと理解し始める。
  • 9〜10歳以上: 死は身体機能の停止であり、二度と生き返らない(不可逆性・普遍性)と理解する。 

そのあとは、「死生観」を育んでいくことになるのですが、避けたいテーマになってしまい、進まないことは大いにあり得ます。

死生観:単なる死への恐怖や考え方にとどまらず、いかに生きるか(生)と、いかに死を迎えるか(死)という、人生の有限性を前提とした包括的な価値観や行動の指針。人生の意味や目的を問い、充実した最期を目指すための考え方であり、宗教、人生経験、時代背景により個人で大きく異なる。

子どもへの接し方

  • 正直に話す: 分からないからとごまかさず、「二度と会えなくなる」ことを伝えます。不安に寄り添う: 自分の死や大切な人の死に対する恐怖を抱くため、気持ちを聞き、「一緒にいるから大丈夫」と安心させます。
  • 比喩を避ける: 「眠っているだけ」などの表現は誤解を招くため、事実を伝えることが重要です。

これまで家族同然あるいはそれ以上に寄り添ってきたペットがいなくなって、悲しくないわけがない!ということは強く伝えてほしいです。泣くことも決して否定しないこと。

さらに伝えねばならぬのは、死ぬこと=ネガティブではないこと。二元論の生死(生がポジティブで、死がネガティブという構成)ではなく、生死の連続性についてもヒントを与えてみるのはありです。たとえば輪廻転生や死後の世界やエネルギーになるのか天使になるのかなど。いつか形を変えて会えるかもしれない、という可能性についてヒントを示唆することにより、まったく120%のネガティブではなくなるというのが肝心です。

そして生きることの意味についても深く考えていけることによって、死ぬことが「区切り」と思えるようになるとラクになるということを小学生が感じるといいですね。

私も還暦は過ぎましたけど、死に慣れる人なんてなかなかに稀だと思います。