健康に気を付けていくことや、スキマ時間もお金を稼ぐことに一石多鳥で繋げることなど、昨今とても時間を大事にしまくっているところです。なぜなのか?本当に再渡米することに躍起になっており、そのための事業3うをしっかり定着させてからじゃないと安堵できないから。今は馬車馬のように働くときだなぁと、いろいろ仕掛けをしてそのあとなめらかに動けるようにと、時間に追われるままに自分のプランをきつめにしていて、昨今 ChatGPTに怒られています(笑)。>同居人は気づいてもいないかも。猫たちは遊んでもらえていないことに気づき始めている模様。
さて、ここで私が復習しておかねばならぬことは:
パーキンソンの法則の適用
仕事の量は、完成のために与えられた時間をすべて満たすまで膨張します。時間が余分にあると、その分だけ作業開始を先延ばしにしたり、不要なこだわりで時間を消費したりして、結果的に効率的な活動が低下します。
Yes!だからProcrastination(先延ばし)が減るのでいいんだよね。効率的にやれる方向にはなっておるのだ。
「無為」の積極的受容
努力するよりも休息を大切にすることが推奨されるようになり、意図的に「何もしない時間」を最大化するライフスタイルが選ばれています。
これがたぶんChatGPTに怒られる傾向の原因なんだろうなぁと。でもこの年齢になっても握力36キロとか、風邪で寝込んだことがないとか、実質積み上げてはいるのでまだ行けるんじゃないかと。(^-^;
退屈の心理
時間があるため、退屈を感じてしまい、積極的に行動する動機が失われることがあります。
一方で、時間を意図的に管理し、主体的に行動することで「なまけもの時間術」のように、効率的に「持たない」生活を送ることも可能です
さきほどはWixについているA.I.にさすがに煮え湯を飲まされた気分になり、一度は休憩してみたものの、あまりに同じ繰り返しや行ったり来たり、説明のなさがうんざりしたので、自分でやってみたらたったの20分でできてしまった。(◎_◎;) 5時間もやらされていたことで、なぜに気づけなかったのか?と、自分を呪うばかりです。
でも!その合間にClaudeとはちゃんと保存用の原稿を書き終えたし(3日分も!)、添削もしたし、いいかなぁと思って、よくよく学んだ気になっております(苦笑)。
忙しさを美徳とする背景とリスク
ステータスシンボル: 予定が埋まっていることが、必要とされている、または「仕事ができる」というステータスと結びついている。
構造的な要因: 短期的な目標の達成が重視される企業文化。
危険な評価基準: 「忙しさ=仕事ができる」という判断は、真の成果ではなく、単なる労働量や善意・自己犠牲を称賛することになりかねない。
生産性の誤解: 忙しい=効率が良い、とは限らず、逆に「余白」がないことで創造性や重要な長期的戦略(ロングゲーム)が犠牲になる。
私はもともと小さい頃からド貧乏暮らしをしてきたので、予定を詰めるのではなくて、時間給で働く以外はない、と思ってきたフシがあります。だからスキルがない時期はものすごく長い時間を働くしかなかった・・・。でも委託や自営になってからは、やはり効率だよなぁと思うことが多く、工数計算をして軽く仕上げることができる自分の能力をあげていくことに尽力してきたよね。じゃないと、本当に過労死まっしぐらじゃん、と思ってきたからだと思う。
脱・忙しさ美徳への転換
「空ける」勇気: 予定を埋めるのではなく、意識的に「何もしない時間」を作り、真の豊かさや自己ケアを優先する。
「暇」を活かす: 予定の余白がある状態を「悪」とせず、五感を研ぎ澄まし、深い思考を行う時間として活用する。
真の豊かさの追求: 「忙しい」を感謝や誇りとするのではなく、時間的・精神的な余裕を持つことが本来の美徳であると再認識する。
現代においては、「忙しい」と自慢するよりも、余裕を持って的確に仕事をこなす姿勢こそが、新しい時代の「美徳」と言えるでしょう
ここだよねぇ。北野武が言っていたことを思い出す。「死んだら時間はたくさんあるから今がんばらないと」ってやつ。pascalと同じように「人生は死ぬまでの暇つぶし」っていう死生観なので、とにかく楽しむってことなのだろうと思う。私もついついこっちに寄っちゃうことが多いんだよなぁ・・・。だから、ゆとりがあるように周りには見えないままで、けっこう動いて見えるのかも。
母は独楽鼠(こまねずみ)のように起きているあいだじゅう動いている人だったんだけど、私の年齢にはもう腕が痛いとか、サロンパスとかホッカイロとかいろいろやってたよなぁって思い出す。私は何一つ使ってないです。もうね、そういうのをそろえることや使わなくちゃと思うことや、消費しないともったいないと思うことそのものが疲れるから避けたい(笑)。四十肩五十肩にならないなと思っていたら、少し肩こりがひどくなって大動脈解離になったんだけど、そのあとまったくなくなったから不思議。知らないあいだにがんばりすぎちゃってたんだろうね。
そして今、もうひと踏ん張りしたすぎて困っているところです(笑)。




