親という哀しいイキモノ

「親という哀しいイキモノ」という言葉は、子供を愛そうとするあまり過干渉になったり、自己中心的になったり、あるいは親自身の抱える孤独や欠落感から子供に依存してしまう、そんな人間の不完全さや葛藤を表現する言葉として使われることがあります。 

私自身が親になったこともないくせに!というのを直接言われたことは数回。たぶん心の中で思われたことは100回以上あるんじゃないかなぁと予測しています(笑)。でもね、自分が子どもだった頃のことをものすごく鮮明に記憶しているし、心理学で発達心理学はしつこく学んだので、特にガシガシ嫌味なことを言われる筋合いもないなぁとは思うんですよね。(^^;)

お子さんを預かる身としてはよく聴く話ですし、大人の生徒さんも親になっている方が多いです。いろいろ考えさせられます。

1. 親の持つ「哀しさ」や不完全さ

毒親・過干渉・ネグレクト: 「あなたのため」という言葉で心を支配したり、子供を自分の思い通りにコントロールしようとする親。これは親自身が愛を知らずに育った場合や、不安感から来るケースが多い。

「親ガチャ」の現実: 子供は親を選べず、親の精神的・経済的余裕のなさが子供に「ハズレ」の経験(児童虐待、ネグレクト、DV)を強いる構造がある。

「子を思う心」の重さ: 吉田松陰の言葉に「親思う心にまさる親心」とあるように、子供への愛情が強すぎるあまり、時に子供を縛り付け、お互いを苦しめる「哀しい」存在になることがある。 

親とてもヒトであるところから出発しており、Self-esteem やEQが低いと、自分と比較してラクをさせたくなかったり、自分の正しさを前面に出して、子をコントロールします。逆に平均よりも能力が高かったりすると、愛がゆえに「自分と同じ目には遭わせたくない」とか、「ラクをしてほしい」と思ってしまい、子のために自分が選んだものが最もいいのだと思う傾向があります。

2. 子供側から見た親の姿

憎しみと依存: 親を「敵」と感じながらも、逃れられずに苦しむ共依存関係。

許しと諦め: 「あの人はそういう生き物だ」と割り切ることで、介護や関係性を維持する子供の視点。

子どもはまだ成長できていない部分が大きいために、押し付けられるということを極度に嫌います。そのため摩擦は増えていく・・・。敵とまで感じてしまいみなしてしまうとかなり拗れてきていますよね。それでも腹を割ってコミュニケーションが取れないままで、大人になって、お互いに「もう変わらない」と諦めていくのでしょう。

3. 親子関係における苦悩の背景

孤立する育児: 母子家庭や頼れる人がいない環境で、シングルマザーなどが経済的・精神的に切羽詰まった状況に追い込まれる。

死生観: 親との確執や死が、子供の心に深い傷(グリーフケアが必要なほどの)を残す。 

「親」という役割を演じようとしながらも、一人の未熟な人間として限界を迎えてしまう、その脆さが「哀しいイキモノ」と表現される所以です。

本当にヒトは儚くて脆い。よかれと思っていることが子の欲しているものからズレてしまうことがわからないままであったり、彼・彼女の体験を重んじていても勇気がなくて、苦労をさせられなくなってしまうのは、愛があるがゆえにわかるけど、でも勇気はないのかなと思えてしまいます。

さぁ、あなたは親御さんとの確執はゼロですか?なるべくできうる限り最小限にしてくださいね(^^♪