進学について考えていた頃

小さい頃は自分の身の丈についてしか考えておらず、大人になるということそのものに関して、ものすごく料簡が狭かったなぁと苦笑してしまいます。とにかく、「食べたいものが食べたい量だけ食べられるようになりたい」ということと、「ある程度生活に必要なものが買えるようになりたい」ということが希望でした。

あまりにシンプルにそこから開始した野心は、上の学校に行くかどうかを考えるときの揺るがぬ参考基準でしたね(笑)。というか、今でもまだその基準使っていることがあると、ものすごく笑えるんですけど(笑)。

日本の義務教育が中学ではあるものの、私はベビーブームに生まれたからなのか、私の高校進学年の1979年にはもう94%でしたから、我が家の両親も「イマドキは高校くらい行かないとねぇ」と言ってくれたのでよかったです。ただ、その後大学進学は、「えええええ!行くの?」と言われてしまったので、自力でちゃんとお金の準備をせねばならず、一浪しました。1982年でした。女子の進学率は34%超えくらい。ということは、だいたい10人に3.人なので今と比べると、やはり少なかったですよね。今は6割超えですから。

今、高校2年生の男の子と中学3年の女の子の受験期の応援をしているところです。それで私も自分のことを思い出すことが多いんですが、なんてのんきだったんだろうと思わずにいられませんね。(◎_◎;)

だって、高校受験のときは都立一本ではダメだと言われていたのに、お金がないという理由で私立のすべり止めの準備もせず、見事に落ちました。先生が絶望の中で問い合わせをしてくれて、なんと数学の受験番号と名前を書いていなかったという事実が発覚(笑)。2月に本当にどうでもいい高校を受験して、結局そこに行ったんですが、母は中学3年の担任の先生に入学金借りてましたし。(-_-;)

そして私のアルバイト人生はいよいよ開始したんですが、バイト禁止の私立でもかまわずやってましたし、授業はほぼ受けず、寝てましたね・・・。勉強もしてないし、ノートももらってました。ありがとう、美香ちゃん!バイトは週6回も入ってたんですよね。それでも夏休みにならないと10万超えることはなく、苦しかったです。当時の時給スタート380円ですもん・・・。でも3か月に10円くらいは上がっていきました。19歳の大学受験のときにはもう700円になっていて、そのあとYesterdayで契約社員になったときには、時給は1200円を超えました。すんばらしかったです。

結局大学にはほぼ行かないでアルバイト生活を続けることになります。単位は32しか取れないままで渡米しました。退学届出したはずだったのに「受理していません」と言われたんで、ゼロから取り直したんですよね、29歳のときからアメリカで。

なぜ進学しようとしたのか?という動機は、限りなく「自分の賃金を高くするため」以外のナニモノでもなかったです。それで渡米しちゃったんだから、大卒の初任給には絶望してたんだよねぇ・・・。

バイトの掛け持ちで毎月30万以上。多いときには50万に到達することもあったので、とてもじゃないけど就職する気にはなりませんでした。バブルだったしね・・・。そして渡米。

大学に行きなおせてよかったけれども、やはり私は進学に何を求めていたんだか、30歳までは勉強のためなんかじゃなかった・・・。大人になってからは純粋に勉学のために行ってたので楽しかったですー♪ (・。・;

今、子どもたちが苦しくないように、落ち込んだりメンタルがぶれたりしないように、少しでも役立ちたいなぁと思っていますっ!