人によっての違いはあるのがこの人生で優先すべき事項ではあるんですが、私はド貧乏だったので、この知性というものを手に入れない限り、お腹いっぱい食べる日が来ることはないんじゃないか?とかなり早期から思っていた節があります。(^^;)
なので、10代から30代くらいまでは割と頻繁に他人様にいやらしいことを忖度なく言い放っていましたよね。「バカは嫌い」と・・・。(◎_◎;)
幼い頃に華僑のおじさんに河原で(と言っても干上がりそうなくらいの小さい川で、野川っていうところなんですが・・・)「誰にも盗まれない生きている限り使えるものを手に入れるべき:それは頭と心の中にとどめておけるもの」と言われて以来、それを代表するのが知性だと思い込んできたようです、ワタクシ・・・。
ただ、冷静に考えると10歳前の私、かなり賢かったかと・・・。知性を優先することのメリットはかなり深いものがあります。
問題解決能力の向上: 知性は、物事を概念的に捉えたり、論理的に思考したりする能力で、これにより、複雑な問題に対しても冷静に判断し、効果的な解決策を見出せるため、失敗という経験をしつつも、同時に回復する・挽回するという力や経験も得られる機会が増えます。
自己成長と自信: 自己研鑽の時間を持ち、知識を増やし、それを活用・応用する力を養うことで、個人的にも職業的にも成長できる。この成長は、自分に自信を持つことにつながり、次に似たようなことが起きても成功となりえる確率が上がる。
他者との円滑なコミュニケーション: 知性がある人は、知識が豊富なだけでなく、相手の立場や状況を理解する思いやりや気配りを見かけて、それを学ぶことができ、自分に応用することが可能になる。まず相手を理解しようとする姿勢は、良好な人間関係を築く上で非常に重要。
変化への適応: AI技術の進化など、社会の変化が激しい現代において、創造性や批判的思考力、異なる分野の知識を統合する力といった知的な能力は、新たな価値を生み出し、時代に適応するために不可欠。
ただし、孤高の人になってもいいや、と高慢ちきだった若かったワタクシのように失敗することも多いです。(-_-;)
知性を優先するときに注意せねばならぬのは;
バランスの重要性: 人生で最も幸福を感じる要素には「健康と幸福(身体と精神の両方)」「家族」「生きがい」などがあり、知性だけが全てではありません。知的な追求と並行して、心身の健康や人間関係も大切にする必要があり、それぞれとの同時・並列・時差共存について、しっかり詰めていかねばならない。
知識偏重の落とし穴: 知識を増やすことだけに注力しすぎると、実践が伴わなかったり、感情や意志といった知性以外の要素がおろそかになったりする。知識は、現実世界で応用してこそ意味を持つので、宝の持ち腐れにならぬように。
しかも!自己成長や研鑽をおろそかにする人々の負け惜しみとしては、昨今、「A.I.があるからそんなの無駄!」と言い放つってのがありますよね?不思議すぎる・・・。(・。・;
ヒトの脳についてはまだ5-15%程度しか理解されていないというのが目下の状況です。ヒトの知性をA.I.が真似できない!とは言っていても、映画 TerminatorやMatrixなどでしっかり想像されている通り、人類をしのぐこともあり得ます。そうなると、霊長類の長として長らくやってきた私たちは優位性を保てなくなることで存在意義が揺らぎまくり、生産性が落ちていき、脳もみるみる衰退していくのかもしれません。
処理スピードと記憶の内容のコンビネーションはある特定の個人のほうがユニークで、強さのバラエティがヒトにはあるので、そこがA.I.とは違うというのも、きっと10年やそこらで追いつかれてしまうんでしょうね・・・。
だからこそ、微妙なものさしの目盛りや多様性を尊重できる社会になっていかねばならぬのですが、御上が正しいと従ってきた民には、なかなか難しいことで、A.I.に支配されてしまうかもしれない時期が早まってしまうかもしれないです。
だからこそ、ヒトの知性を信じる力も大切だし、人生の中での優先順位は高くして志を以て挑めればなぁとワタクシは考えております。
みなさんはいかがでしょうか?





