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The Wedding Date

2006-04-06 にアップした文章です。

この映画、日本に行ったのかなぁ・・・、と思いながら見ていました。調べてみると、行っていない・・・。ええええ、かなり楽しめたのになぁ・・・。2005年作品で、先々週のケーブルでの新作で、主演のDebra Messingは、アメリカでのSitcom, Will&GraceのGrace役で活躍していたのです。日本にはコレも当然行ってないだろね・・・。冒頭の設定をは、5年付き合い、婚約までし、結婚式場も押さえていた男に、捨てられてから別れて2年経った、妹の結婚式に招待されたところから始まります。イギリスからNYに逃げ、まだ彼のことを引きずったままでいた女性が、妹の結婚相手の親友である昔の男に、「私はもう傷ついてないわよ。ステキな彼もできたし」と見せようとし、現実は、傷がまったく癒えていない彼女は、プロのエスコートサービスの男性を雇うのです。そして、いざ、イギリスに向かうところからストーリーは始まります。

けっこう楽しめたので、見ていただきたいですが、日本に行ってないようだから見れないよね(笑)。

日本にもきっとそんなサービスはあるのでしょうが、エスコートサービスを雇う女性は、けっこういるのでしょうか?サービスとして成り立つのは、すごいなぁ、と思います。私に余分なお金があったら雇う日が来るのでしょうか?(笑)と検索する私・・・。あったよ・・・。

http://takeru-love.com/system/index.html

なぜか料金表(爆)。

http://www.geocities.jp/ttk2613/host.htm

なんかもっと本格的なのがあった(笑)。

映画の主人公は、「セックスなし」コースを選ぶのですが、彼はエスコートの中のヨダ(Star Warsの先生の中の先生)みたいなもので、ものすごい高い上にテクニックのある人、という設定です。成功しているエスコートの秘訣は、「俺のことではなく、すべてがお客様のニーズ」ということらしいのですが、そのニーズをお客様のほうが知らなかったらどうなんでしょうね・・・。映画の中では、そのニーズを「見せてよ」というシーンがあり、とてもよかったです。彼女の場合は、「とても傷ついており、独身でまだ彼にこだわっている自分から抜け出たい」というニーズがあるので、魔法のような彼のニーズへの理解には、脱帽しています。

私は買春に特に反対はしません。私はやらないです。やはりセックスというのは、もう若くもないので、カジュアルにやるのではなく、「究極の愛情表現のひとつ」として保存しておきたいと思っています。が、バラエティを楽しみたい人や、若くて学習が必要な人や、伴侶の健康が崩れてしまい欲求が充たせない場合や、その他の事情がある場合には、買春もひとつのオプションだと思っています。ましてや、素人の女の子や男の子を騙して傷つけて、ただで乗り逃げのような卑怯なことをするよりは、よっぽどいいオプションです。

が、私自身は、エスコートから学びたいほど、性に対する欲求もないですし、エスコートをしてくれる男性はいますので、とりあえず必要は感じていません。このまま行けばいいのですが・・・。祈っておきましょう・・・。

そのエスコート役をしているDermot Mulroneyは私のタイプです(笑)。彼がBad Girlsに出ていた頃から大好きですし、Copy Catでのはまり役はよかったです。彼は、今年、Zodiacという実在したシリアルキラーの映画に出る予定ですが、その映画は楽しみです。犯人が捕まらなかった事件の中で、USではミステリートップ10の中に入る逸話なのです。

アカデミー賞のときの、Reese Witherspoonの発言も不思議に思ったのです。「昔、私を捨てたボーイフレンドたちよ、逃がした魚は大きかったでしょ」的な含みのあることを、大女優になり、だんなも子どももいる彼女がまだ思っていたとは・・・。しかも、彼女のだんなかっちょいいじゃないか(笑)>Ryan Philippe。

私にも昔のボーイフレンドは数人いますが、今の私がどうなったか、を自慢したい気分はカケラもないですね。むしろ、私のほうが彼らがどんなふうになったのか見て、落胆したくないという気分のほうがずっと強く、今とても倖せなので、「別れてくれてありがとう」と感謝したい気分です。別れることになった理由もよくわかっているし、今彼らが倖せならば、彼らの人生に私がわざわざまた登場することもなく、偶然ではなく会わなければならない状況は、この先も生まれそうにはないです。

私がさっぱりしすぎているのでしょうか?逃がした魚は大きかった、という気分はまったくありません。What if(もしもあれがこうだったら)を考えるのは、歴史とスポーツだけでけっこう間に合ってますね・・・(笑)。しかも、ホッケーシーズン、プレイオフまでもう残り試合8個だし・・・、野球のオープン戦は始まっちゃったし・・・。

捨てられたなら余計に「見返してやりたい気分」は高まるものなのでしょうか?おそらく、私の場合は、捨てられる前に、捨てられるだろう、うまく行かないだろう、を察知してしまうことができたので、明らかに見事に、捨てられることなく来たのが、よい方に作用しているのでしょう。恋愛においては、良心をたくさん持った人の場合、捨てる側に立たされるほうがとてもつらいのです。言い出せないわけですよ。だから、私はいかにも私から捨てるようにして解決してきた、というのもあります。でも実際は、私が捨てられてきたのだという自覚はあり、決定的な傷を回避できてしまってきた感じです。

それが若かりし日々の積み重ねで、一体全体よかったことなのか、何かを大きく欠落させてきたのか、あるいは人によって大いに違うことなのか、私には言い切れないです。

さらに、エスコートのNickが言い放っていることですが、”Every woman has the love life that she wants.” (すべての女性は自分が欲している愛情生活を持っている)という、ものすごいGeneralization(一般化)があります。コレは、運命を信じるか信じないか、という世界観に関わってきますが、こう言い放ってしまうエスコートのNickは、人の人生は自分の手で変えられることを示唆しています。主人公の父親は、「これが(娘の)欲しがっている愛情生活だとは思わないが、Nickの言うことを信じる」という台詞を娘に語ります。父親もやはり、運命はさほど信じず、自分の人生は自分の手で変えられることを信じているわけです。

私も実はこの言葉は信じます。望まない物事が人生の中にあり、それに反抗したり、排除したり、拒否したりできない人のままでいるのは、悲しい。乗り越える醍醐味を知らないということになる。しかも、大切な愛情生活です。自分が欲しくない愛情生活を持っていながら、自分や環境を変えていく勇気や努力ができない人では困ります。

かわいらしいRomantic Comedyでしたが、かなり学ぶところがありました。裏のエンターテイメントとしては、「知らぬは本人ばかりなり」というプロットラインがあります。あまりに物事にどっぷり浸かりこんでしまっていると、真実が見えないのだ、という痛い現実もさらに確認できました。

うーん・・・。でも、日本に上陸していないのではなぁ・・・。コレ、USの劇場でもかなり売れたんだけどな・・・。いつかTSUTAYAに出るようなことがあればいいのですが・・・。

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