依存症の家族

01/26/2008 にアップした文章です。

私もアルコール依存症ですが、今はたいへんに落ち着いています。自分では、Social Drinkerと呼称しており、外で家に帰れなくなるほど飲むことがないようにしており、メンバーも「恥の書き捨て」ができない人たちをしっかり選んでいます。家で飲み始めると、「あとは寝るだけ」なので、際限なく飲んでしまい、飲める体質の私としては危険です。家での失敗はそれでも実際はあまりなく、ただただ、静かに肝臓を酷使した、というだけなのでしょう。所詮、母や西さんは私を許してくれるのだろうけれども、やはりそれに胡坐(あぐら)を掻くわけにはいきません。

それに、アルコールのまずいところは、もちろん、その反面いいところでもあるのですが、脳が完全にいかれてしまい、その後時間が経たない限り、勉強ができないところ。勉強だけではなく、ブログも書けないし、相手が飲んでいなければロクに話も成立しないこともあり(笑)。

私がアルコール依存症になった理由は、思い当たることがあります。躁鬱病なせいで、とにかく起きているあいだはハイパーです。自分が冷静になったときに、「どうして私はこんなに生き急いでいるんだろう?」ととても切なくなるわけです。が、起きているあいだはどうしても、どんなに気をつけても抗えないほどに、物事をこなしたり、頭がパチパチ動いてしまうわけです。初めてアルコールに出会ったときには、「これだ!」と思いましたよねぇ・・・。頭がスローになる。ろれつもあやしくなり言葉もスローになる。行動もスローになる。他人の欠点も気にならなくなるし、世の中の理不尽にも腹が立たなくなる。

私にとって、アルコールは、自分や世界を意識下に埋めさせることができる、睡眠の以外での、唯一の手段だったわけです。こんなに魅惑的な世界があったとは、それまでは夢にも思わず・・・。それでも意識が完全に失われるまでは、かなり楽しめるわけですよ。スローな自分に。スローな世界に。ドラッグ中毒、依存症では、Upper(気分を高揚させるもの)に頼るという手も、他の人にはあるのかもしれませんが、私はそもそもアップビートな時間を過ごしているので、逆なDowner(気分を落とすもの)が必要なわけです。ええ、アルコールは、最初の数十分から人によっては2時間ほどはUpperに感じることがあるかもしれませんが、実際はDownerです。http://norry.blog29.fc2.com/blog-entry-22.html このサイトがおもしろく解説してくれてあります。絵柄もきれい♪

そんなこともあり、ひとりでお酒を飲むのはよくありません。たとえいっしょに飲んでくれる人がいないとしても、面倒を見てくれたり、話相手になってくれたりする人がいたほうがいいです。私は、ハイパーな躁状態が長く続いたあと、急にストーンッ!と落ちてしまったときが、アルコールをひとりで飲むときに顕れたりしたことがあって、大昔に大失敗をしたことがあるので、ひとりでは決して飲みません。死にたくなるなんて、本当に発作的で刹那的なことなんだな、というのが、そのときに得た教訓です。たとえ、日ごろ、どんなにしっかりした観念や信念を持っていたとしても、ドラッグの影響を脳が大きく受けている最中には、大した役にも立ちません。

しかも、疲れが溜まっていたり、内臓なども弱っていたり、人間関係がうまく行っていなかったり、何か悩みがあったりしたときには、アルコールをはじめとするドラッグは、あまりいいものではないわけです。

でも・・・、ここまで読んできてくださってきたみなさまの中で、「タバコ」というドラッグをいつまでも止められない私に、とやかくあれこれ言われたくはないだろうな、と思うのです。ええ、ええ、私はタバコをもう30年くらい吸っているのですが、止めようと決意したことは本格的にはなく、西さんの度重なる禁煙におつきあい程度しかしてなく、それもほんの2回ほどだった・・・(汗)。以来、健康にひどい不安が芽生えて、やる気や動機がフツフツと湧くまでは待っていよう。機が熟すのを待っていよう。などと、いろいろな言い訳をして、こんにちに至っています。ひどいなぁ・・・・・・・・・・(汗)。

私はこの二大ドラッグとだけ戦ってきたのですが、他にも依存症の家族を持っている方々は多いのでしょう。バクチやブランド買いなどの借金するほどの依存症もありますし、カフェインなど自分では意識していないものも大いにあるでしょうし、恋愛依存なども含めると、相当に広い範囲になるのでしょう。ただし、疾病の範囲に及ぶものは、やはりプロに相談したほうがいいです。素人や素人に毛が生えた程度では、きちんとした判断ができません。

ちなみにWikiにはなんて書いてあるのかな・・・。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BE%9D%E5%AD%98%E7%97%87
あー、やはりいろいろな種類があるし、個人できちんと専門家に行き見極めてくださいというような注意書きがついている。そうそう、ネットなども中毒にひとつです。私も初期には相当に嵌まりましたし、今もメールがなければ、このひどく忙しい日々をどうやって以前に戻すか?と頭を抱えます←もちろん、やっていたんですから、可能であるのに、どうしてか不安なのは、もう依存しているからなんだろうなぁ・・・。

依存症・中毒と言われると、軽蔑・差別されたような気になる人がいると、ここにもありますが、私はどうもそうは思いません。それよりももっとひどいことは多々言われてきたし、実際に依存症ですし。認めることが難しいうちは、本人自身が快方に向う道には立っていないということです。一度依存したものや人やその他がある場合は、生涯、そこから完全に離れた生活をしない限り、また戻る可能性があるということで、依存症は生涯闘う病気だとされます。私も、アルコールに依存する未来がないとは限らず、コントロールしながら飲んでいますが、完全に止めることを考えないのはなぜなのか?

校長センセがおっしゃるように、適量の範囲であれば「とても」いいものが、依存症の場合は多いのです。買い物を一切しなくていい世界に、我々は住んでいません。アルコールや売春やドラッグなどは、利便や効能もある、背中合わせの存在価値があります。全否定はできません。ゼロの生活を選び取るということは、私にはやはりできませんでした。できる方々もいらっしゃいますが・・・。

そんなわけで、肝臓機能が著しく低下している場合や、生命の危機が掛かるほどのドラック依存や、自分だけではなく、家族にも経済的負担が災害級に掛かることがない限り、私は依存症の原因になるアクティビティや物事を否定はしません。むしろ、「よい方向」に使えるための学習をすることのほうを、勧めます。

本人だけではなく、家族もたいへんなことを乗り越えなければならないことが多いのですが、一言だけ言えることは、「一度愛した人をギリギリの限界までの努力をせずに棄てないで」ということ。これだけは、いつもお願いすることにしています。私も頭が上がらないことが増えていくのですが(笑)、やはり乗り越えてよかったことはたくさんあります。

依存してしまいたいという誘惑は、日本に戻ってから、まだ実感していません。最初のうちは、歓んで日本酒や焼酎を飲んでいたのですが(アメリカで買う半額以下くらいだったから)、もう飽きた(笑)。それよりもワインが飲みたい(笑)。やはりアメリカに居たときにはお魚が食べたかったように、日本に戻ってきてからはお肉が食べたいように、アルコールも同じ論理が働いているようです。なんとわかりやすい私なんでしょうね・・・・(汗)。

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