成長期の不思議

01/05/2008 にアップした文章です。

どうしてこのニュース?とはお思いでしょうが、私はこの手のニュースがたいへん好きだ・・・。メシの種にならないことをしつこく続けることは、ある種、私の誇りでもあり、うまいこと行ってメシの種になればいいな、とは思っているのだけれども、それほど世間は甘くない、と(笑)。けれども、研究者になるのはとても怖い。世間が狭くなってしまいがちになることもあるし、チームワークが大切なこともあり、しかも選んだトピックに基金(政府や公的機関や学校などの)がもらえなければ、ゼロのまま進まないのである。そこにはやっぱり政治が絡むのだ。心理学を選んだ時点で、「お金にならない分野」と諦めていたのだけれども、本当に日本では特にそうです。かといって、もうひとつの航空学のほうも、この歳になると、日本での蓄積・履歴がない私は、もうダメだしなぁ・・・。

さて、今日のニュースはこれ。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080101-00000050-jij-soci 私の目標は、生涯学生で居続けられる環境を獲得して、死ぬまで学生を続けることなのですが、それにはお金がかかるので、目下、働きながらいろいろ模索しているところです。理想的には、高等教育を受け続けていくために、アメリカに戻ることなのですが、西さんの仕事の関係もあり、それにはどんなに早くとも3年から5年はかかることでしょう。そのあいだ、日本で可能なだけ、自分のフィールドを広げておくために、いろいろな分野を見て廻っていますが、「食べていくだけ」であれば確保できることがわかり、あとは貯蓄部分にもがいています。

ヒトが成長していく不思議というのは、私にとっては大きな興味で、このおサルさんの研究は、「うーん、やはり・・・」と思えるおもしろいもの。これはあと2年以内には心理学の教科書に載るんだな。

この研究の含蓄は、「実際の顔の表情を見ずとも、表情の違いを見分けられる」という結果から、表情を見分ける能力は、すでに脳にDNAとして内包されていることがわかるというもの。しかし、おサルさんが、人間かサル、どちらかの表情しか最長2年後、1ヶ月どちらかしか見ないで育つと、そちらしかわからなくなる、というおもしろい結果が出たわけです。

1個目の「実際の顔の表情を見ずとも、表情の違いを見分けられる」というのは、生きていくためのサバイバル確率を増やす大切なツールで、保護が必要な年齢である2歳までに、どうしても必要である「大丈夫か大丈夫でないか」という安全基地ルールを読み取るための必須。子どもが、たとえおサルであっても、Mobility(可動性)を身につけたあと、世界を広げていくためには、親あるいは親代わりからの「Go、Don’t Goサイン」を見分けていくことで、生き延びる確率と行動範囲を増やします。

鬼ごっこでいうところの「鬼に捕まらない安全地帯」が、正常時、親がいる場所であり、そこから離れるときに、GoかDon’t Goなのかのサインを発してくれる親か親代わりがいるかいないか、その表情が読み取れるか読み取れないか、は、自然界では、結果に大きな違いをもたらします。実験での、2年間、サルとヒトの表情を見ずに育っても、最長2年までであれば、その表情が読み取れる、というのは、歩行や行動範囲の広がりに比例している時間の幅で、とても納得できるもの。

その後、1ヶ月、どちらかの顔の表情にだけ露出されると、その露出された方の表情しか読み取れなくなるというのはおもしろく、その後の「依存度合い」が大きく哺乳類の脳に作用するという証拠になりえるという、すばらしい結果です。ある時期までに何かをやったり、触れたりしなければ、その後、花開かない能力は、これまでもいくつか見出されてきました。Critical Period(重要な期間)とされています。その逆で、「サルとヒトが生まれ持っている能力が、ある時期の偏り露出により、変化される」というのは、本当におもしろいことで、共存への大きなヒントになっていきます。

考えられることは、1.最長2年間、実際には見なかった表情をやっと得られたことにより、ヒトかサルかどちらかの表情に絶対価値を見出し、その他の哺乳類の表情は「ないものとみなしても大丈夫」という削除が行われる、のか、2.最長2年間の露出がなく、補強・反復学習がなされなかったために、神経回路の中で、表情を読む能力が萎んでしまい、キャパが減り、自分という個体に最も密接な親あるいは親代わりの種の表情しか読めなくなる、という2つの可能性。あるいは、両方かもしれず・・・。

ここから学べることは、1.たとえDNAにインプリントされているにしろ、人生の最初の2年間に、同種や亜種の顔の表情を読み取れたほうが、その後の人生にはよく作用する。2.同種や亜種の顔の表情を読み取る能力は、神経回路として他の能力とは別回路なので、キャパを増やすためには補強・反復学習をしたほうかいいかもしれない。

母親だけに密室で育てられるよりは、父親、デイケアや託児所、祖父母や親戚、兄弟などによる育児は、よい影響のほうがきっと多いのではないかと推測できる。信用できて、危険にさらされることがないのであれば、子どもは大勢で育てたほうがいい、ということが、推論として仮説が立てられるのではないか、ということ。

トラの赤ちゃんが、犬に育てられるというニュースを、昨年見ましたが、トラの赤ちゃんのほうがずっと大きくなってしまい、ふたりは引き離されてしまったようです。あのトラの赤ちゃんは、トラの親の表情が読めないのか?あるいは、身体が小さい犬である親の表情は読めたのか?セオリーがここでも通じると考えると、犬の親の表情は読めたはず。そして、2年以内に引き離されたので、その後、トラの仲間の中に入れられても、彼は充分に同じ種の社会の中で生き延びることができるはずです。

少し考え難い状況ではあるのですが、自分の種に育てられない赤ちゃんというのは、いかほどいるのだろうか?昔、オオカミ少女が実際にいましたが、彼女が見出されたのは、もう10歳近かったので、彼女は死ぬまで人間の言語が話せないままでした。人工的には、動物園で、上記のような擬似親子は組み合わせられることがたまにはあるようです。自然界では、どのくらいの頻度で起きるのか・・・。

ヒトだけで考えてみても、養子や養女を他の種が行うことは法律的にできないにせよ、そうしたアクシデントは、本当に稀なことで、報告されているケースはごくごく少ない。

核家族化が進んできた戦後、高齢化が進んでいく社会の中で、やはり祖父母が担ってきた役割を、もう一度返してあげることを検討したほうがいいと、私などは思います。相互自助ができるという意味で、社会はメンバーがたくさん詰まっているわけです。特に、離婚率が増えて、子どもを育てるのがたいへんな、女手ひとつの家庭などでは、こうしたボランティアを使いたい家庭は増えることでしょう。責任問題が伴うので、システム化するのはたいへんでしょうが、不可能なことではないです。考えてみたらいいと思うなぁ、行政・・・。

ことわざや慣用句を教えていて、やっぱりそう思うし・・・>子どもは大勢のバラエティがある人々の中で育つほうがいい。成長期の不思議を探索する研究者はまだまだたくさんいて、また新しい説をどんどん教えてくれるんでしょうね。楽しみです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です