時間に縛られない日

12/16/2007 にアップした文章です。

人間には悲しいことに時計を日常に取り入れてしまえた脳の発達がありました。それが蔓延して、お日様の陰りや月の光や潮の満ち引きのアバウトなものではなく、時分秒が刻まれる正確なものになってしまったがゆえに、便利ではあるけれども、どうもどこかで縛られています。それがあまりに進みすぎると、遊ぶに遊べなかったり、勉強や仕事がこなしきれなかったり、と、弊害もかなり出るわけです。バランスの取れた生活は、可能なのかどうか?人による、というのがこの答えです。あなたはどうでしょう?

私は元来働き者な性質なのですが、ひとつの会社や企業に属したこともなく、いろいろなところを渡り歩いたハグレモノです。アメリカに行っても、契約ベースの話を自分から求める時期もあれば、勉強に没頭した時期もあり、帰国してからも数ヶ月、遊んできたようなものになってしまい、本格的に外出をして仕事に出かけるようになったのは、いつだったか?と思い出すのも面倒くさいくらいに、ここのところ毎日仕事に出かけており、完全休日の日を見つけるほうがたいへん・・・。英語講師はコマ数を埋めることで成り立っているので、契約している会社(学校)はかなりの数に上り、時間から時間という仕事柄、どうもここのところ時間に縛られている感が重い感じなのです。うーん、いかん・・・。

でもなぁ、小学校の頃から、時計を眺めては「早くチャイムが鳴らないかな。ドッヂボールだ!」などと思っていたこともあり、その頃に比べると、時計を見るのは教える内容の時間配分のためで、過ぎる時間は早すぎてイヤになってしまうほど・・・。逆の意味ではあっても、やっぱり時間には縛られているのだなぁ・・・。

最低限の時間の束縛というのは、誰かといっしょに住んでいれば、食事の時間やお風呂の時間、就寝時間があるんでしょうね。私は、母が食事の時間を支配すると思っていたのですが、実際は、私の仕事時間がマチマチなので、彼女が譲歩してくれるので助かっています。ブツブツと「夜10時半に食べるなんて信じがたい!」と言いつつも、自分は済ませているので、出してくれます(笑)。シャワーは、私は高校生の頃から、湯沸かし器からシャワーノズルをつけて朝入るようにしていたので、夜のお風呂は私がバイトで遅くなると種火すら落とされてしまっていました。こんなに便利になったので、バスタブに浸かることがなければ、時間を合わせずともよいのです。赤ちゃんや子どもさんがいる家庭は、規律正しいお風呂を励行しているんでしょうねぇ。ちとうらやましい。就寝時間も同じで、母とは別の部屋ですから、まぶたが重くなるまで本を読んでいます。TVをつけっぱなしにして本を読み始めるのですが、TVはつまらなくなったりいい番組がなければすぐに消します。TVにタイマーを付けて寝る癖がついていたのですが、1年半か2年弱くらい前にすっかりその癖は直しました。最初の夢にどうもTVの内容が出てきてしまうことに気づいたからですね。読書の内容に沿った夢はそれほど見なくて済んでいます。おそらく、音と光で刺激されていない分、自分が想像を駆使しなければならないので、強烈でなければ、夢にまで侵害することがないのでしょう。時代小説を読んでいるとき、特に、池波正太郎の『鬼平犯科帳』や『剣客商売』を読んでいた頃は、たまに斬りあいの夢を見ましたが、私は合気道はやっていたものの、剣道をやっていなかったので、本当に想像の産物でした(笑)。京極夏彦のものは、映像化は本当に個人差があるんでしょうねぇ・・・。映画を見たことがないのですが、第二作目が映画化されるということなので、ついでにレンタルして第一作目を見てみるのもいいかもしれません。私の想像とどのくらいの差があるのか・・・。

完全休日には、「ある程度」時間に縛られない暮らしができます。この前の日曜日も意識して、時計を見ずに、お日様だけを頼りに過ごしてみました。日が暮れてしまってからは、自分の読書スピードに頼ってみた(笑)。時計は全部裏返しにしておき、外に出ないでみる。ご丁寧に、私は小学生の実験のように、ポストイットの小さいものを、PCの時計にも貼って隠していたわけです(私の場合は画面の右下に出るようにしているのですが、そこに貼っておくと時計は見えない)。前日の土曜日は、夜の8時まで教えているので、帰ってごはんをひとりで食べて、エッセイを書いて、ネコと遊んで、読書をして、岡田准一が出ているSPというのを見てから眠ったのです(なんか好き、これ♪)。寝るときにはまた読書をしていたら、すーっと眠くなって、「よしっ!明日はまぶたが寝すぎてくっつくくらいまで寝てやる!」と決意してから眠った。

ところが・・・。なぜかお日様がカーテン越しに指してきたら起きてしまった。7時間半眠って、8時ちょい過ぎだった・・・。なんだよ、いつもと大差ないじゃん・・・。

結果、それほどに差し迫った締め切りがあったわけでもなく、「できるところまでをこなす仕事」と読書と料理とシャワーとネコと遊ぶので、しっかり時間に縛られない最低限で暮らせて、なんだか身体はノビノビしたようです。不思議と、6時間くらいするとおなかは空くものなのですねぇ・・・。忙しいときや移動でどうしても摂れないときなどは、外的要因でごまかされているだけで、身体は「欲しいよぉ!」というシグナルをしっかり出しているのであった。私は水分を1日2リットル以上飲むのですが、それには砂糖が入らないコーヒーなども含まれています。朝沸かしたコーヒーがなくなると、ひたすらお水を飲むのですが、やっぱりそれも家に1日いると、ちゃんと辻褄が合っており、ちゃんと2.2リットルくらいにはなっているわけですよ。外に出ると、無理やりサーモスの500mlや途中で買う150円500mlが必要ですから、2リットル行かない場合には、帰宅してから残りを飲むわけで、翌日に道理で顔がパフパフ(むくんでいる様子)になるわけだ・・・と、なぜか納得したわけです。

シャワーにしろ、いつもは外出前に匂いをゼロ近くにして、と思って浴びているわけですが、何もすることがないと「入らなくてもいいか」とは思いつつも、なんだか外的要因が薄かったり少なかったりするので、身体の声に相談してみることができる・・・。「暇なんだからさぁ、足のかかとの手入れしてよぉ」だとか「顔の産毛剃ってよぉ」などと言っているような気がして、母がいないので浸かることはなかったのですが、いつもの7分よりもずっと長い時間、シャワーを浴びる羽目になっておりました。

暇なのに、TVを見ない。日曜日には、昔むかしからあった『新婚さん!いらっしゃい!』を見てもいいかななどと思っているし、そのあとの『アタック25』を見てもいいかなとは思う。老舗の代表である『笑点』や『ちびまる子ちゃん』『サザエさん』と続いていることは続いているんですが、特に見る気にもならなかった・・・。暇だから見ないのかもしれない、と、なぜだか思ったわけです。しかも、頭の後ろっ側のどこかで「せっかくノビノビ自侭にやったんだから、TVを見て台無しにするなよな・・・」と囁かれたのかもしれず・・・。お昼寝をして英気を養おうとも思ったのですが、ネコと読書をしながらゴロゴロしていたにも拘らず、働いて疲れているわけじゃないから、眠れないし(笑)。

そんなわけで、母がボーイフレンドの家から戻る夜の9時15分くらいまで、私はぼーっと暮らしたのよ。で、お日様通りに暮らすって本当はかなりいいことなんだろうと、途轍もなく実感したわけですね。

こうした実験をこんな年齢になってやる私も私なんですが、なんだか健康であることにさらに感謝したんですよ、深く。身体に支配されていることをまず知って、そのあとそれを調整する能力がつくって、理想じゃないですかい?私はDNAがラッキーなところがけっこう多く、歯並びがめちゃくちゃいいし、風邪も10年に一度しか引かないし、寒がりでもないし、痛みにも強いし、鼻水も出ないし、さらに感謝は続くのよ・・・。お日様はやっぱりすごいです。太陽、太陽、と気軽に並みの感謝しかしていないと、きっとどこかでツケを払うことになると思うんですよ。せめて、お子さんがいるご家庭は、お日様に沿って暮らしてみるのがいいかもしれないです。

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