紀久美先生へのQ&A~心理学講座編~その1

Precious One English School=英会話スクールというのは周知の事実でありますが、実は英会話だけでない、魅力的な講座が各種用意されております。

その中の一つ、心理学講座は、世界第二位の大学で一流の心理学を学んだ主宰ならではの、豊富な知識とノウハウを日本人のニーズに合わせて凝縮。

楽しくて興味深い、それでいて生き方も楽になっちゃう、一石で三鳥も四鳥も得られる、非常にオトクな講座となっております。

その魅力について、一つ一つインタビュー形式でご紹介させていただきますので、今後も楽しみにしていて下さいね☆

 

Q1.先生の出身地はどちらでしょうか?

A1.東京都調布市の深大寺というところです。調布駅前の飯野産婦人科というところで生まれたんですけど、今でもあり、立派なビルになってしまって驚いています(笑)

★東京都調布市とはどんなところでしょうか?
調布市

• 多摩地区の東端に位置し、区部と境界を接している隣接5市の内の一つである。
• 都心(新宿駅)との距離は約20km。地質学的に言うと、調布市は武蔵野台地と多摩川低地によって構成されており、武蔵野台地部分は更に武蔵野II面と立川I面[要出典]に分けられる。武蔵野II面と立川I面の間には国分寺崖線が存在しており、立川I面と多摩川低地の間には府中崖線が存在している。国分寺崖線の比高はおよそ12mである。
• 都心に近く住環境の整った住宅地である。
• 市域の形は「自由の女神」と呼ばれる。すなわち、北西部を「たいまつを持つ右手」、深大寺地区を「頭部」、北東部を「独立宣言書を持つ左手」に見立てている。また「ひとこぶらくだ」「おばけ」「ガッツポーズ」など諸説ある。

…東京都の多摩地区・東端に位置しているとはいえ、世田谷区のお隣で、都心にも近く生活しやすいエリアです。昔ながらのお店と、トリエのような新しい施設が融合し、非常に魅力的な街と言えるでしょう。
では、もう少し調布の魅力を探って行きます。

★映画の街
映画の街 調布

調布市のHPでも謳われるほど、どうやら調布は「映画押し」。
一体なぜ調布が映画の街なのでしょうか?

それは、昭和8年(1933年)に、日本映画株式会社が京王電気軌道多摩川原駅(現在の京王多摩川駅)前に開設した多摩川撮影所がきっかけでした。後に調布市長となり、「カツドウヤ市長」と呼ばれた本多嘉一郎の回想によると、「時代劇・現代劇どちらの撮影にもふさわしい自然環境やフィルムの現像に欠かせない良質な地下水があった。」とのことです。

昭和9年、関東大震災で被災した向島撮影所に替わる撮影所用地を探していた日本活動写真株式会社が多摩川撮影所を買収、日活多摩川撮影所が開設されました。
昭和17年(1942年)には、国策により日活の製作部門と新興キネマ、大都映画が合併して大日本映画製作株式会社(大映)となり、日活多摩川撮影所は大映撮影所になりました。
戦時中、映画の配給を行っていた日本活動写真株式会社は、日活株式会社に社名を変更、映画製作の再開を決定し、調布町下布田(現染地2丁目)に新たに撮影所用地を取得、昭和29年3月に東洋一を誇る撮影所が完成しました。
昭和30年代の日本映画全盛期には,大映,日活に加えて独立プロダクション系の株式会社調布映画撮影所(現多摩川2丁目あたり)の3か所で映画が制作されるという活況を呈し,調布は「東洋のハリウッド」にたとえられました。
これを記念して,かつて大映撮影所の敷地内だった多摩川5丁目児童遊園の一画には,「映画俳優之碑」と「調布映画発祥の碑」が建てられています。市内には他にも,飛田給駅に日活100周年を記念して作成された,往年の日活俳優・監督総勢64名の「手型モニュメント」の展示など映画に関わる貴重な品々を見ることができます。

詳細とガイドブックは下記のリンクから見ることが出来ます。
調布 映画 詳細

★先生の生まれた病院は現存どころか、大きな病院となったようですが…
 今はどうなっているのでしょう?

飯野産婦人科

写真で見る限り、とても立派なビルになっていますが、残念ながら、口コミレビューは2.3でした(苦笑)
どうやら、医師によって対応に差があるようですね。
産婦人科を選ばれる際は、アクセスだけでなく、対応面と費用対効果をよく考えましょう☆

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です