黒人大統領か、はたまた女性大統領か

02/07/2008 にアップした文章です。

昨日は、Super Tuesdayでした。アメリカに長年住んでいたので、やはりこれは気になります。普段は映画をケーブルでしか見なかった私でも、この時期には、ニュース番組をしっかりチェックしていたものです。私が思い出深い大統領選は、Bush vs. Al Goreで、大学に通っていたのですが、あれほどがっかりした、裏切られた大統領選はありませんでした。そして、今回、この天下分け目の歴史的瞬間に、アメリカに居ないことがどうも悔しくてなりません。どちらに転んでもすごいことだ・・・。そして、私も下馬評と同じく、Democratから大統領が出ると思っています。Republicの候補者たちには申し訳ないんですが、形としてはやらないといけないし、確率論としてはゼロではないので、参加者としてがんばってほしいとは思います。特に、元ニューヨーク市長のジュリアーニは嫌いじゃないし・・・。

まずは歴史のおさらいを。大統領選>

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E5%90%88%E8%A1%86%E5%9B%BD%E5%A4%A7%E7%B5%B1%E9%A0%98%E9%81%B8%E6%8C%99

2008年の大統領選>

http://ja.wikipedia.org/wiki/2008%E5%B9%B4%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E5%90%88%E8%A1%86%E5%9B%BD%E5%A4%A7%E7%B5%B1%E9%A0%98%E9%81%B8%E6%8C%99

編集に関してのお願いがあるように、11月まではいろいろ変更があると思います。

あと10ヶ月のあいだに何があるかはわかりませんが、私の心情としては、やはり女性を応援したいところなのです。彼女以上に優秀な人材が、あと何年待てばタイミングよく登場するのか?と、少し不安な気持ちが、それを支えているのかもしれません。ちと弱気(爆)。

政治的な世界の流れの方向性を決定するアメリカ大統領選では、まず、求められるのは、「社会格差」「差別」「人権擁護」の流れであり、「環境問題」「平和=無戦争をめざす」なども含められているのでしょう。そうなると、両候補はすでに、歴史的な流れとして、白人男性で、高学歴で高収入の名門一家を出ていないという点で、すでにいい条件を兼ね備えています。

ジェシー・ジャクソン以来の黒人候補で、アメリカは揺れており、アメリカの長者番付の女性一位のオプラ・ウィンフリーが彼の応援のために立ち上がっています。

(今、気づいたのですが、なぜか今日は、原語表記ではなく、日本語でカタカナにしています。理由は、アメリカをもう少し身近に感じてほしいからなのかもしれません。あるいは、最初のWikiに影響されたのか・・・)

ところが、オバマ氏は生粋のアフリカ系アメリカ人ではないところが、話題にされているところ。これで、マルコムXやキング牧師の流れを汲めるのか?という疑問を持つ人が多いかもしれません。奴隷の子孫だったことというのは、アフリカ系黒人たちの中では、支えであり、誇りであり、生きていくためのエネルギーの源なわけです。

プロフィールはコレ>

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%90%E3%83%9E

かたやヒラリー女史のプロフィールはコレ>

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%A9%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%B3

文句なしの経歴で、人によっては、高学歴だったりすることは鼻につくのでしょう。

さらに、ヒラリーにとって不利なことには、アメリカロイヤリティ(皇室)であるケネディ家の、オバマ候補支持です。皇室がないアメリカにとっては、ケネディの名は皇室と同様。彼らがやることに関しては、ゴシップ雑誌も政治ニュースも動きます。さらに彼ら一家の持つ悲劇は、その伝説に華を添えることはあっても、人々を興ざめさせることはなく・・・。JFKの娘であるキャロラインが、今まで公の場には出たことがなかったのに、ここに来て急に、オバマ候補の演説会でスピーチ。彼女だけではなく、JFKの弟に当たるエドワード上院議員も出てきてスピーチ。ということは、JFKの著作権が使えてしまうことにも繋がります。あの露出があったら、ちょっとアメリカ市民は弱い。デーブ・スペクターが、TV番組で、長嶋父娘と中曽根氏がいっしょに出てきたようなもの、とたとえていましたが、それではマグニチュードが到底足りません。暗殺されたヒーローと、数々のケネディ家の伝説は、ちょっと表現のしようがないほどです。

たとえ、オバマ氏が生粋のアフリカ系アメリカ人ではないとしても、引き算して余りあるほどの足し算になってしまう公算になります。誰がどのようにして、彼らを担ぎ出したのか?ということのほうに目が行く私は、邪推大王なんだろうなぁ(笑)。すごいプロモーション能力です。誰もが目をつけることとはいえ、本当に担ぎ出せたしまったことがすごい・・・。

どうやら、世論の動向は、オバマ氏に傾いているようなのですが、私はコレでいいのかなぁとまだ思っており、心情的なヒラリー女史の巻き返しを祈っています。女性だから、というわけだけではなく、アフリカ系アメリカ人の歴史や苦悩をオバマ氏の肩に託すことができるのかどうか?ということが論点になるのではないかと。

私もOppressed(抑圧される側)に属すことが、いろいろなカテゴリーで多いので、芯の抑圧される心情がわかっており、そのシステム化や反映化などがわかっていたほうが、いいと思うわけです。彼のことを、くしくも日本のニュース番組へのインタビューで、”He is a go-getter.” (やり手、敏腕家などの意味)だというのがあったのですが、私の感性では、「企業心のある」という方向性なのですよ。政治家としては向いている資質なんでしょうが、やり手であることはよくわかっても、心や倫理性のほうがどうも気になってしまう・・・。キング牧師とマルコムXのどちらが多く、このGo-getter資質を持っていたかというと、やはりマルコムXで、少し作為的なところが実在していたと感じるわけです。ドラマ性や、根回しなど。それに比べると、表面的な、私などに届くところには、キング牧師のほうはそのようなGo-getter資質は見られなかった。

イマドキの政治のキャンペーンで、有名人をタイミングよく使うことは、稀ではないのですが、本当に、ヒトはヒトの資質や夢に賭けるものなのか?と、純粋な動機を考えてみているのです。

であるならば、女性で初めての大統領になりたいというあからさまながんばりを見せるヒラリー女史のほうが、私の性に合っているというだけのことなのかもしれず・・・。

みなさんも11月まで、関心がないかもしれませんが、このキャンペーンの作為や展開を見て、自分だったら?と考えてみるのはおもしろいかもしれません。ただし、世界の情勢が変わるほどの地位を争っているので、そんなに暢気な気持ちで見てはいられないかもしれませんが・・・。

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