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モノ言う母

アメリカから戻ってきて、ネコたちを忙しくケアしている母なのであるが、西さんと長く住んだ影響なのか(行ったり来たりしているので、いっぺんにいっしょにいる時期というのは、今回が最長で2ヶ月弱)、ここのところ、政治・行政問題について、いろいろ言うようになった・・・。いいことなんだろうなぁ・・・。ところが、トンチンカンなことも多いので、娘としては放置しておくのがたいへんです(笑)。

やはり、穏やかで政治・行政などの社会問題に興味をあまり持たなかったような、典型的共稼ぎだった母が、ここのところ、何か言うようになったのは、私と住み始めた影響もあるのでしょうが、リタイヤして家に居ることが多いこともあるのでしょうが、本当に高齢者に優しくない社会になったせいなのかもしれないなぁ、と、つくづく思うのです。

典型的共稼ぎだった母、の像を理解していただくには、父の給料が生活を成立させるのに充分ではなく、かと言って手に職があったり、学歴があったりするわけでもなく、最初は子育てをしながら、内職に従事していました。手が速かったせいで、内職生活は長く続いたのですが、高度成長から、内職の需要が目減りし、私が高校生になる頃に、外にパートに出るようになりました。2年違いの弟がいたせいで、それから父が死ぬまでは、弟の生活費や学費のために働いていたようなところはあります。私は、高校生のときから学費は自分で払い、生活費を家に入れていましたが、やはり私を食わせるためにも相当に彼女の働きは必須だったのでしょう。石鹸やほうれん草を私が買っていたわけではないですからね・・・。

アメリカに私が去った頃には、母は「飲み代」「洋服代」「出歩いて遊ぶ」などにお金を使えるようにはなっていました。弟にはまだ少しお金がかかったものの、私が子どもだった頃に比べれば、かなりおもしろおかしく暮らせるようになっていたようです。彼女の衣装持ちは、内輪ではたいへんに有名で、300とか400くらいのワードローブはあったと思います。今でもものすごい数ですから、「引越しの整理前にはこの3倍あった」という状況を想像するのは、ちと怖いことです(笑)。彼女のような人は、デヴィ夫人とか細木数子のように、お金にゆとりがあったらドレッシングルームが必要なんだろうな・・・。私は必要ないですね・・・。そのスペースは、本棚を置くのに使います(笑)。ウォークインクロゼットがあれば、ドレッシングルームは要らないなぁ。

彼女の唯一の楽しみは、外で飲むことだったのですが、私が渡米する頃には、父とたいへんに仲むつまじくなっており、外にふたりで飲みに出ることも多かったのです。その習慣は、父が亡くなってからはひとりで出て、友だちを見つけることに傾けられたようです。父が残したお金があったので、リタイヤしてもよかったのでしょうが、弟の家族と24時間顔をつき合わせているよりは、嫁さんに家事をすべて任せて、自分は「辞めろ」と言われるまで働きたかったようで、お金にゆとりがあれば、それだけ遊べると考えていたようです。当時は、ワイドショーやみのもんたなどに左右されるようなところは、物理的に時間がそれに充てられなかったので、私は見落としていたようです。もともとその要素はあったのですね。

西さんと私が会社を始めて、ここを借りたのが、今から2年2ヶ月前。それまでは母はずっと働いていたのです。電車でわざわざ品川まで通っていたので、相当疲れたことだと思います。そして、働くのが、外から内に戻って、内職もないということで、彼女の独楽鼠(こまねずみ)のような忙(せわ)しなさは、磨きが掛かってしまったようです。1ヶ月に1回は、模様替えをするのよ(笑)。そして、ワイドショーをくまなく見るようになり、それでも最初のうちは、TBSの『花まるマーケット』が好きだったようで、他のものは、「ただ点けて見ている」という感じでした。まぁ、私も行ったり来たりだったし、西さんもそうだったので、正確にどんなことが起きていたのか、母本人の証言しかないのですが・・・。

彼女いわく、これまでひとりで夜を過ごすようなことは、長い人生のなかで一度もなかったので、たとえマンションといえども、たいへんに怖かったというもの。なので、どうしてもTVを点けてしまうというわけです。泥棒は、誰かが居ると思えば入ってこないと、なぜか盲目に信じているのがちょっと笑えるのですが、まぁ、60代の女性にレイプ強盗をする人は少ないでしょう(が、しかし!ゼロではないですからね)。それに、ものすごいお金持ちでもないので、おそらく、大丈夫だと思ってほしかった(笑)。

そして、それから2年。気合が入ってきましたね・・・。TV番組の選び方や見方。60代になっても、学習は終わらないのだ。ココが鋭くうれしいところ♪

私が、投げ捨てるように、「みのもんたの言うことなんて信じるんじゃないんだよ」だとか、「細木数子の言うことは本当にいい加減なのがわかんないの?」などと言っていたので、彼女もやはり考えるようになったということらしい・・・。

そして、西さんのことは、MBAを持っていたり、九州大学という旧帝大を出ていることで、なぜか尊敬しており、私がパイロットの免許を持っているとか、東大よりいい大学を出ていることはかたや認めない・・・。なので、西さんが時事問題をテーブルで語ると、西さん寄りの意見になり、なんだか、学級会を見ているようで、とてもおもしろかったのですよ・・・。私って小学校の頃からあくまで傍観者で、情熱がいまひとつなくて、醒めてたよなぁ・・・。

西さんも、母が発言しやすいような雰囲気があり、質問をし、相槌を打ち、母がどしどし深めて考えられるように促す忍耐力があるのです。かたや私は、教師としては有能なはずなのに、身内の母となると、あまり寛大になれないようで・・・(汗)。

ここのところの母はすごいですよ。年金問題や、コムスン、赤ちゃんポストや環境問題、もー、語る語る(笑)。止め処がないくらい語るのです。今日、西さんが台湾に行ってしまい、頭のどこかでは、「おねえちゃん(私は長女なので未だにそう呼ばれる・・・)とふたりだから、ごはんが粗食でよくていいからうれしい」とは思いつつ、やはり片方のどこかでは、「西さんがいないと賛成してもらえないのかなぁ」などと考えているに違いなく(爆)。彼女の意見は、自己損益の範疇を大きく超えないもので、平等観は大きく持っているものの、時間軸が狭いのです。自分が生きてきた60数年のことに及ばないこともままあります。なので、私がちょっと問題点の係数を増やすと、混乱してふてくされるの(笑)。でも、母の人間性やモラルの本質は、たいへんに善人なので、根本的には彼女の意見はステキだと思うのです。ところが、やはり片手落ちで、自分が反対する意見に立つ人の気持ちやどこからそれが来るのかを深く考えていない・・・。きっと多くの人々がそうなのでしょうが、私はどうもその点、身内であっても寛大になれないのだなぁ。西さんは、そこを「いや、醒めてないでしょ。熱いからそうなんでしょ」などと見ているようですが、だから彼などは母にすぐに同調できるようなのですが、私は変なところで几帳面なのかもしれないなぁ・・・。

しかし!モノ言う母を見ていて、やはり高齢者であっても、学習はできるのだという生きている証拠みたいで、本当にうれしい気持ちに変わりはないのです。私の生徒さんも歳をバラしてくださった方がいて、ぜんぜんその年齢に見えないのでびっくりしつつ、彼女の進歩にたいへん歓んでいます。高齢者だから特別扱いをしているわけではないのですが、身近なフレーズや言い回しや題材を選ぶことで、効率が上がっているのは確かだと思うので、「ささやかだけれども重要な違い」について、私はこれからも重きを置いていこうと思っています。

今後、母と意見が衝突することがあっても、もうちょい寛大な気持ちになろうと、コレを書きながら決意するのであった・・・。問題は、彼女のほうが私より長生きしそうなこと(笑)。私と同じくらいの愛を、ずっと誰かからもらえますように・・・と強く祈っていますが、どうなることやら・・・。

 

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