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子どもの頃得意だったこと

子どもの頃得意だったことを今もちゃんと使っていますか?私はいくつか中断してしまったことがあるので、少し復活させたいなと思うところもあるのです。もう人生の半分以上を来てしまったという自覚はあるんですが、母がかなり長生きしそうなので、54歳で割と早く逝った父と足して2で割ったとしても、もうちょっとは生きそうです。だとしたら、純真だった頃にうんと楽しかったこと、得意だったことを復活させるのはさぞかしおもしろい日々を運んでくれることだろうと、やたらと想像してしまい、2021年はこれをひとつずつ、「工事中」という看板を付けつつも、楽しんでみたいと思っています。

どのくらいの時間・回数やってみると、子どもの頃と同じくらいになるのか?はそれぞれの分野によって違うと思うんですが、やたらと楽しい。リスト化するだけで楽しい(笑)。

私は勉強に無縁の、外を駆け回るだけが取柄の子どもだったし、器具を買うこともあまり叶わなかったので、とにかく身体を動かすこと・観察すること・虫や動物を追いかけたり愛護することのみで、1日を終わらせていたのです。なので、やっぱり残る何かを作ったことがない。虫カゴやらアントファームやら、お店屋さんごっこの一時的なお店構えやらはたくさん作った記憶があるのですが、なんだか消耗品みたいなところがあって、長く使えるようなものではなく、昨今では工芸品が作れる人とか大工さんとかに憧れがあります。

今(2020年10月24日)引っ越しの準備中で、まだ不動産やさんめぐりをしていて、引っ越し先すら決まっていないのですが、引っ越したら自分で棚やらその他作ってみたいと思っているところなのです。もちろん、アイリスオーヤマ・ニトリで済ませることもできるんですが、ネコが使う爪とぎなどを、なんとか手作りできないのか?と。

アメリカでも貧乏生活から開始したので、元だんなの西さんがよく大工仕事をしてくれてました。ベッドも棚も作ってくれたし、最高のプレゼントは私の大切にしていた研究社の2万もする辞書を置く楽譜台のようなものまで作ってくれていました。

せっかく引っ越すのだからBrandnewな気持ちで、これまでのものをきっぱり捨てられるのであれば捨ててしまい、「これが最も理想な形か??」というものを追求して、日本の暮らしを終わらせたいと思っているところなのです。

できれば数年以内にまたアメリカに戻りたいと思っていて、そのときに商売になることをシステム化していることをプランしていて、それに邁進できるための環境や、昔取った杵柄を発揮させて、いろいろなところに使えたら、と思わずにはいられません。

絵も習いに行こうかなと思っていて、私の生徒さんが絵画教室をやっています。1年くらいで本当に絵が描けるようになるらしいのです。行くしかないかな、文京区まで通いで、と思っているところなのですよ。そうすれば、芸術的な分野も右脳使いなのできっと開けてくるんじゃないか?と。これまで鑑賞して楽しんでいただけだったことが、もしも具現化できたらきっと数倍・乗数で楽しいんじゃないかと・・・。

だってぇ、ものすごく巨大な落とし穴のデザインとか、私にはスキルと発想力があったんだもーん(笑)。自転車2台が入るくらいの巨大落とし穴、あの頃、写真を撮って記録しておくという頭があったら、と思わずにはいられない(笑)。

秘密基地のデザインも悪くなかったし、樹の上に作った自分の眺望台のデザインもかなりいいセンだったのです。

スキーやテニスを始めても、わりと早期にすぐに上手くなったし、筋肉をしっかり鍛える準備をして、本気でまた準備万端にして、スキーとテニスを復活させたあと、延期しまくっていたボルダリングもやりたいですしね。

そして、その頃、きっと白髪が始まり、それにショックを受けることもなく、すんなり受け容れられるようになるんじゃないかと・・・。何を見ても遊び道具にできた私は、今も何を見てもポジティブに受け止められるところがすごいんじゃないか、取柄なんじゃないか、と想い始めると、やりたいことはまだまだ増えていきます。

みなさんはいかが?

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