人恋しい?

03/06/2008にアップした文章です。

 

私には、人恋しいという感情がかなり欠落しているのかなぁと思っているところ。最後に感じたのは、いつ頃だったのか?一生懸命考えても、頭のファイルキャビネットを、ごっちゃごちゃになるまでひっくり返しても、なかなかビンゴファイルが出てきません。母が、水曜に洋裁に行き、そのあと、ボーイフレンドの家でごはんを食べてきて、夜の9時に戻ってくるのと、土曜日の夕方に出て、日曜日の夜9時まで出っ放しであるのが習慣なのですが、一度もさみしいと思ったことがない。ただし、困ったことはある(笑)←調味料などの場所がわからなくて、買ったことすらある。祝日や連休などで、3日くらい空けることがあるんですが、そのときもゴミだしやら洋服やらのせいで、帰って来るので、特に不自由は感じないのですが、たとえ帰ってこなくても、さみしいとは思わないんだろうなぁ、と。

 

そうでなければ、西さんとも6年半別居のあと、1年半のオンーオフ別居はできないはずだもんなぁ・・・とは思うのです。人恋しいというのは、どういう感情だったか・・・。

 

人恋しい:何となく人に会いたい、人と一緒にいたい気持ちである。

さみしい:〔「さびし」の転。中世末期から現れる形〕「さびしい」に同じ。〔「さびしい」「さみしい」の両形のうち、古くからある「さびしい」を標準的語形とする見方が強かったが、最近は両形が同様に用いられるようになっている〕

さびしい:(1)あるはずのもの、あってほしいものが欠けていて、満たされない気持ちだ。物足りない。さみしい。(2)人恋しく物悲しい。孤独で心細い。さみしい。(3)人けがなくひっそりしている。心細いほど静かだ。さみしい。

 

ひとつには、ネコがいつもいるせいだろうとは思うのです。会話をするわけではないのだけれども、空気と同様なくらいに、彼らは私を緩やかに束縛しており、それでも特に必要とされているわけでもなく、ただただ存在しているだけの甲斐のない存在同士であるのかもしれず・・・。

 

でも、なんとなくそれでいいんだろうなぁ・・・と、たいへん緩やかなわけですよ。

 

あるはずのもの、居るはずの人などは、私にとってはひょっとすると、「どこかで生きていてくれればいい」という大雑把な括りで、目の前である必要はまったくないのかもしれず・・・。満たされないだとか、物足りないだとか、そもそもの規定値が、私ひとりの会員制クラブのようなもので、たまたま居るときには大切にするし、そうでないときも気にしない、という不思議構図ができているのでしょうね。

 

それは、学習の結果なのだろうか?いえいえ。私が生まれて育った家は、少ないときでも4人。多いときには3部屋で7人住んでいたわけで、混雑していたのです。だから、反面教師として、「とにかくひとりになりたい」といつも思っていたか?というと、そういうところは多少なりともあったような気がしますが、家の中ではトイレやお風呂。外では木陰や図書館や川原など、たくさんひとりになるところはあったしなぁ・・・。

 

逆にたくさんの人がいて迷惑だということもそれほどあったわけでもなく、本さえあれば、私はいつでもひとりになれたし、父親に話しかけられたときにも無視するなどという無礼もしなかったし、それを疎ましいと思ったこともそうなかったです。

 

渡米して、最初は寮。その次に日本人女学生4人で一軒家。そのあとにアメリカ人女性(英語の先生)の家に間借り。そのあとに、アメリカ人パイロットの家に間借り。西さんといっしょに暮らし始めて、その後はそのスタイルを続けて、途中留学生を何人か住まわせたあと、ひとりになったことも長かったですが、今は基本は母とふたりで、西さんが何ヶ月に1回だったり、1ヶ月に1週間くらいは戻ってきます。

 

アメリカに住んでいるときには、人恋しいと思うことはなく、「日本のブツ恋しい」と思ったことは多々ありました。食べ物から始まり、文房具や文字そのものや、文化の香りがするものやらいろいろ。たとえ目の前に人が現れたからと言って、それらの「恋しい気持ち」が解消されるわけでもなかったので、きっと「人」を対象にしたことが皆無だったのでしょう。

 

戻って来て1年5ヶ月。サービス業をやっているせいか、人にはコンスタントに対面しており、人恋しいと思うことはありません。ただし、特定の人をわずらわしいと思うこともめったにありません。特定の学校で曜日および時間契約をするようになってからは、私がどうしても苦手と思った生徒さんはわずか二人です。そのふたりに共通するのは、「自分の感じ考えたことはとても正しいので通す」という話し方をすること。教えられる立場に、そもそもそぐわないので、こちらの提案に対して聞く耳を持たないわけです。

 

昨日は、高校3年生の女の子の最終日でした。私のクラスを半年も取ってくれたんですよねぇ。台湾人の女の子で、お父様のお仕事の都合で日本に若い頃に来て、ビザ暮らしをしているのですが、このあと、高校卒業を機に、英語の専門学校に行き、1年通ったあと、その学校が提携しているアメリカの大学に留学します。このように生徒さんとのお別れはさみしいものですが、たいていは「旅立ち」なので、我慢の範疇です。いや、我慢というよりは、ずっと「祝福」寄りで、背中を楽しく見送っています。こう考えると、ひとつのグループ授業は、3ヶ月なので、これまで相当数の生徒さんの背中を見送ってきましたが、本当につらいと思ったことはなかったですね・・・←冷たいんだろうか?愛着はそれなりに湧くのだけれども、引き止めるような気持ちはまったくなく・・・→お金の都合があえば、その学校内で私のプライベートレッスンを取ってももらえるのだろうけれども、そんなことを勧めたこともなく・・・。

 

今日も母は洋裁に行っており、私はこのあと仕事に出かけるので、限りある時間でこれを書いているのですが、ネコたちはたまに見上げて「にゃー」をしたり、じーっと見つめるだけで、特に私を必要とはしていない模様(笑)。ごはんとお水とキャットリッターが整備されていれば、彼らはそれぞれで充分やっていけるわけです。

 

私は基本的に、「ひとりでも充分にやっていける人」が好きで、その余った時間を私にくれるならばうれしい、と思う性質なのでしょうねぇ。そして、おつきあいする相手にもそうあってほしいと願っており、人恋しいと思っている場合じゃないと、なぜか自然に考えている・・・。

 

恋していたときはどうだったか?「会いたい」と思うことはなかったのか?いやー、ありましたねぇ(苦笑)。そんな気持ちがあったときには、会ってどれほど充たされた時を過ごしたかというのは、今考えると、「あんなに会いたがっていたのに何してたんだろ・・・」と思うくらいに笑ってしまうような(爆)。無意味にドライブをしてガソリンを撒き散らしたり、彼の友だちに紹介されるときに好かれたいなどとスケベ心を出していたり、と、まぁ、なんて幼かったことだろうと・・・。

 

気づくと、いつからこんなに醒めて強い人間になってしまったのかわからんのですが、今、とてもラクですし、楽しいですから、結果論としてよかったし、人に会えば会ったで途轍もなく充実した時間を過ごしている気がするわけです。人恋しい病は、西さんが私より先に死んだときの想定だけですかね、今のところ(母は私より長生きしそうなので・爆)。

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