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鏡を観る習慣

本気でエステに行き始めたあと、鏡を観る習慣が戻りました。おそらく40歳になる少し前くらいからやめていたのかもしれず・・・。この原因は、そもそも化粧をしなくなったあと、洗面台が曇り安い鏡だったかどうか?がきっかけだったような気がします。

私は自他ともに認めるせっかち・いらち、なので、行動が速すぎる(笑)。なので、自分の行動の導線と環境要素が合致していないと、必要不可欠なものに自分が合わせるというアイディアが削げてしまうようです。特に自分の顔を観なくてもいいや、という感じ??

コンタクトをしていた頃はやはり必須だったんですが、PCにどっぷり浸かるようになってからは、メガネのほうが便利です。特に近視だけではなく、乱視が強かったため、矯正視力がコンタクトとメガネでは格段に違ったのです。

しかも、私は髪をドライヤーで乾かすという習慣が子どもの頃から一切ない!コレ、髪の健康のためにはよろしくないのですが、50年以上の蓄積の成果としては、さほどの瑕疵はなく、日本に戻ってきたときに髪がものすごく細くなって(たぶんCounter-culture shockによるストレス)しまいましたが、それ以来、白髪もまだ出ていないし、老化のそれなりのスピード感よりも少し遅い感じですので、面倒なドライヤー作業の1日10分はやらない(笑)。たぶんDNA観点からすると、私のキューティクルはものすごく強い!在米中は髪を染めていたんですが(日本人に観られたくなかったため)市販のものは受け付けず、プロにやってもらわないとダメだったのです。

さて、鏡をなぜ観るようになったのか?

引っ越してきた家の洗面台は、洗面所の風通しがいいせいか、新しい技術が使われているせいなのか曇らない。しかも、自室の2階に大きな鏡を据え付けたこともあり、自然と鏡に顔が映るようになりました。まぁ、角度があるのでしょっちゅうじゃないんですけども・・・。

しかもエステに行き始めたおかげで、化粧水はつけるようになったのです。クリームも購入したんだけど、これはスキップしてしまうことが多い。(・・;) とはいえ、効果がそれなりに出ているせいで、鏡を観てこじわや目の下の太いたるみを観ることが苦じゃなくなったのですね。

鏡を観ることの心理

私は自分の顔が好きだったことがあまりなかったのです。10代で化粧を開始して、渡米して化粧をほぼ止めるまで、本当に自分の顔が好きじゃなかった。嫌いではなかったんだけど、心底好きになれなかったです。そういう意味もあって、鏡を観る分数はどんどん減りました。とはいえ、社会性がゼロなわけじゃないので、基本的な最低限のみだしなみくらいは、ちゃんとしてきたとは思います。とはいえ、積極的に自分の顔がまえに対して、責任を持ててきたか?というと、自信はないですね。

10代がイチバンつらかったけれども、24歳半に渡米してだんだんラクにはなってきたけれども、やはりそのあとの20年はそれなりに試行錯誤の自分探しをたくさんしたと思います。そのときに、自分の顔がどうなろうと、中身で勝負するためには!と、なりふりかまわない感満載だっただろうな、と(笑)。

しわがそれなりに増えてきて、ようやく自分の顔がまえに対して自信が持てるようになってきた、というのは不思議な感じです。いい年齢と年月を経てきたな、と思えるようになりました。だからこそ、顔マッサージをするときに鏡を観るのがつらくもなくなってきた感じです。がっかりするけど、そのがっかりは存在して当然、というような・・・。

もう少し経つと、本気の本気で「いつ死んでもいいなー」と思えるようになるはずなんですが、今は未だ英語スクールだけではなく、再渡米のための準備を万端にして、お金の心配をしないようになりたいと思っています(笑)。そうなると、また化粧とか開始するのかしら??(笑) なんかそれも楽しみだな(笑)。

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