他人のペースと自分のペース

2008-11-04 にアップした文章です。

一昨日はレッスン後に打ち合わせを開始し、泊り込みしてもらったあと、昨日は午後7時すぎまで打ち合わせ続行でした。気が合うからこそ、英語学校設立に向けてがんばっているところなのですが、ペースが違うのは、いかんせん個人がそれぞれユニークで特別だから、という由縁です。そこで、生徒さんそれぞれや、講師に来ていただく先生の話なども出たのですが、やっぱりその人のペースを読むことができる心配りやさらにそれについて気にしないようにするのはたいへんだろうなぁ・・・と思ったところです。私は速いので、いつも待っているような気持ちにさせられるのです。その被害者意識は捨てなければならぬのですが、常勤講師を1年半弱日本でやっても、まだまだなのだなぁ・・・と。

 

昨日は、とりあえず試算表を作りあげたところまで進みました。どのくらいの収支で、どのくらいの経費で、どのくらいの集客で、というようなあらましが青写真として見えてきたところです。それには、もっと練らなければならないことがあるのですが、やってみると、考慮しなければならぬことがたくさんありました。

 

私ひとりでこうしてHPを立ち上げて、ブログやMixiでやるだけであれば、生徒さんとの了解は取り易いのですが、組織になると、その裏にあることをお客様になる生徒さんに理解していただいたり、いっしょに働く人々に理解していただいたりするのは、本当にたいへんなのだ、と、詰めた話をしていて感じたところです。たいへんだとは思ったのだけれども、実際に感じてはいなかったのだろうなぁ・・・。その理解までへの到達時間やら、プロセス段階やら、を考えるために、ひとつ英語を教えているところではあるのですが、英語のセンスのTotalityと、商売という形にしてそれにお金を実際に払っていただくようにするための常識的布石や方法論というものが、けっこうなギャップがあり、私にはかなり欠落しているのかもしれません。

 

今日は、小室哲哉氏が脱税なのか詐欺なのかで逮捕されたり、昨日は八王子自動車学校が破産して生徒さんに怒られていたり、その前にはゲートウェイ21や、その前にはNOVAなどもあり、私も他人からお金を取ることに対して、たいへんに気を引き締めているところではあります。が、共通項はナニか?と考えてみると、前金制度の崩壊が来ているのでしょうね。先に人にお金を出させておいて、実際はそれに見合ったサービスをしっかり還元できない、という穴。自転車操業になりやすくなってしまうのが、やっぱりまずい経営システムなのでしょう。

 

私は、英語学校をやるに当って、入会費用も要らず、前金は「辞めない・投げ出さない」という預金(Deposit)しかいただかず、それも満了時にはすべてお返しし、テキスト代はその人の能力により違いが出るはずなので、いただかないことにしています。が、テキスト代については、校長センセのご指摘の通り、調べてみるといろいろな問題が生じるので、やはり統一テキストというのを、学校で1冊持ったほうがいいことがわかっています。他にドリル用に使うものなどは、実際に問題を解いてみせるときに共用するためのコピーはいいらしいのですが、冊子などにして教科書風に作ってはいけないなど、いろいろな制限があります。その点も考えると、日本の英語教育で教えている間違ったものを訂正した英文法のテキストは作ったほうがいいのだろうという結論に至りました。勉強法についてのテキストと併せて、また考えてみたいと思っているところです。

 

あ、話が脱線したままで戻っていかない(笑)。

 

英語学校に2年以上通う必要がないというのは、その人それぞれにそれまで積み上げてきたものが違うからですが、同じように中学・高校・大学の教養課程2年の3年から8年でこれほど違いが出てしまうことを、実際のところ、生徒さんはあまり意識していません。自分のペースと他人のペースが違うことをあまり意識していないし、それらの「ささやかだけれども重要な違い」については、注目してきておらず、英語学校を選ぶにしても、「グループのほうが格安なので」だとか、「平均的な日本人の英語力」ということで片付けてしまいがちです。でもそこでの見極めというのは、「ささやかだけれども重要な違い」なので、あとあと広がりを見せて大きくなっていくんですねぇ。

 

校長センセにご指摘されている通り、私は法人全般に所属するという行為がすべて苦手なのですが、ペース問題というのが大きいです。文化的雰囲気や、規律や規範などももちろんあるのですが、最終的に最も苦しいのは、他人と自分のペース=スピードが違うことなのです。

 

常勤講師をしていて苦しいのが、グループレッスンで、その中でも誰にスピードを合わせていけばいいのか?というのが、レベルの問題よりも大きいのは確かです。真ん中では、遅い人が苦しすぎて、遅い人に合わせれば不満が大きくなり、真ん中に合わせても不満はまだマシな程度。TOEICなどで、時間を刻んでストップウォッチを使って「この時間内に解く」というようなレッスンのつくりがあるものに対して、それができなければ「切捨て」というのでは、あまり効果が顕れてこないのです。さらに、時間の括りがないものに関してはもっと出てきてしまい、咀嚼スピードがあまりに違いすぎるのが、グループの弱点なのだろうと思います。

 

速い私は遅い人に合わせられるか?と問われると、かなり自信がないです。私が横でページを音を立てずにめくっていくのができても、きっと視野に入っていればそれが脅威になっているに違いないし、マウスやキーボードの音を鎮めるわけにもいきませんし。自分のスピードを遅くするので、最大限に時間と情熱をかけたのが、食べる時間なのです。ウェイトレスをやっていたせいなのか、24歳半まで、私は食べるのがものすごく速かった。けれども、肉体労働をしていたのでそれほど太ることもなく、アメリカに行ってものすごく太った(笑)。まぁ、バターとマーガリンの値段が劇的に違わないことや、豚肉のほうが牛肉より割高・価値基準の違いがあったりすることが原因でもあるのですが・・・(汗)。遅く食べるようになるまでに、1年くらいは軽くかかりましたからねぇ・・・。

 

西さんがいい例で、ウォーキングやハイキングやバックパッキングなどで、私を待つことができません(笑)。彼としては最初は気をつけているのですが、視野に入らなければまったく気にしてくれない(笑)。

 

こうした日々の例を考えると、「何もしないでただそこに居る」という状態ができることが、私にはとても苦痛なので、法人に向かないし、学校で講義状態で学ぶことにはどうも慣れることができないようです。タスクがあって、毎秒何かをやらされるのであれば、学校でも大丈夫だし、会社でも大丈夫なんでしょうけれども・・・。

 

そういったことを考慮して考えても、教えている私は他人のスピードにプロですから合わせることができます。が、どの進度でやっていけばいいのか?という見極めは、個人レッスンでないとなかなか難しい・・・。こうした悲劇を招いて、言えない人は脱落していくのが、英語学習の落とし穴ではあるんだろうな、という気がします。

 

が、いつも他人のペースに注目していこうという心がけはあるので、きっと改善されて救われていくでしょう・・・←相変わらず楽天的ではある(笑)。

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