金縛りの不思議な話

02/24/2008 にアップした文章です。

 

朝の日課の新聞サイトをざらっと見回っていたら、理想と現実の睡眠時間の格差が2時間というのがあって、そのアンケートのそばに、「金縛りにあったらどうしている?」という項目があったらしい。私は金縛りには遭遇したことがなく、この金縛りというのを「どういうものか」とすら実感しにくい状態で、まだ想像の闇の中なのです。人類学を取っていたときに、興味深いケーススタディを習ったので、今日はそれについて・・・。

 

まずは金縛りとは何なのか、を明確にしませう。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E7%B8%9B%E3%82%8A 特に信頼性が薄いわけではないのだろうけれども、科学的に解明されていないことから、注意書きがあります。気をつけて読んでください。

http://www.medical-tribune.co.jp/kenkou/200207122.html 

なぜか健康http://www2.health.ne.jp/library/3000/w3000289.html 百科やヘルスクリニックでも取上げている。ふーむ、そうなのか。そんなによくあることなのか・・・。

 

これによると、約半数の人が体験しているらしいのだけれども、無作為抽出をしているとは思えないのである。なんたって懸賞サイトが実施しているので、その性格傾向やら時間の使い方などを考えると、厳密な無作為ではないし、二十歳以上とはあるけれども、高齢者は積極的に参加していないと思えるのです。これを踏まえると、一体どのくらいの人が金縛りを体験するのだろうか?と不思議になっているので、さらに調べてみる・・・←しつこい(爆)。

 

http://www.ishinoya.com/0y6.htm なぜかおふとん屋さんが書いているのですが、ここでは4割になっている・・・。これによると、歳を取れば取るほどかかりにくいらしい。

 

ということはだよ・・・。おそらく私はこの先も、金縛り体験というものをしないまま、きっと死んでいくのだろうと思う・・・。これをMissingしているからといって、何か特別に欠落しているものがあるのかどうか考えてみる・・・。

 

たとえば、霊現象すべてを否定しているとか、科学的根拠がなければそれはカウントしないとか、そういう態度は持っていないのでセーフ。他にも、金縛り話題をする人々に関しての侮辱とか下に見る目なども持っていないのでセーフ。

 

では、金縛りにしょっちゅう遭う人たちはどんな見解を示しているのか?というのも調べてみる←あくまで慎重なのである(笑)。

http://www.dslender.com/read/essay1.html http://www003.upp.so-net.ne.jp/OOBE_DIARY/obldflam.html 

うーん、あんまりないです。生涯で、年に1・2回だとか、生涯で数回の人が多いらしく、短い記述になっています。もちろん、特記するようなことではないからオンライン上にないのかもしれず・・・(汗)。でも、こうして見てみると、みな怪奇現象だとか心霊現象だとはそうは捉えていないようだ・・・。

 

なぜなのか?それには、かなり睡眠との密接な関わりがあり、その点に関しては、「すべて」ではなくとも、多くの部分が科学的に解明はされているようです。なので、あまりおおっぴらに怪奇現象・心霊現象と公言できないということで・・・。ただし、科学が発達していない時代、これを神代の人々が心霊現象や伝説や俗話にしたのも、まったくのところうなずけるわけです。

 

興味深い話というのは、文化人類学で、アメリカに移住したベトナム人が、金縛りの最中に心臓発作で死んでしまう事件が統計学的に驚く数値で出ているというもの。Wikiにも少しベトナムについて触れていますが、ベトナム人が韓国人と同じくらい働き者なのは、チョコチョコと書いて来ました。ボートピープルとしてアメリカに受け容れられたあと、彼らはものすごい勢いで働き、成長し、商売をし、それでも変わらなかったのは、故郷を想う心だったのですね。もちろん、三世・四世になりつつある昨今、少しずつそれにも変化があるのでしょうが・・・。

 

しかも男性に多いのです。働き盛りの男性で、ベトナム現地で家族や親戚を助けるために奔走し、やっとの想いでアメリカに移住した人々の中で、夜中、金縛りに何度もうなされ、その揚句に、弱った心臓がこれ以上受け付けないということになり、心臓発作で死んでしまうという数字が、年間で数十件以上あったというのは、偶然とは言いがたいのではないか?と、調べた学者がいたんですね。

 

仮説は、新天地で徐々に成功したにも拘らず、それに比例するようにベトナムに残してきた人々に対する罪悪感が募っていき、夢に出るようになったのではないか?というものです。実際に、残してきた人々の訃報なども入ることがあったのでしょう。あるいは、人によっては、目の前で死んでいく顔などが忘れられないこともあったのかもしれません。それほどにベトナム戦争というのはひどいものでした。

 

移民は、第8世代まであるのですが、塊として、第一次から第8まで、やはり裕福だったり、コネクションがあったりする人々が優先されて移民してきたのです。遅くに来た人々の中では、実際に死を目の当たりにしてきた人々も多く、水も飲めない日々を過ごした過酷な限界を体験した人々もたくさんいました。

 

もちろん、肉体的にもかなりの消耗を強いられて、さらに、新天地で倖せになるために舐めた辛酸も数々、あったに違いありません。その上、ベトナム人の宗教心は厚い。商売などをしている人々を見ると、一目瞭然なのですが、かならず祭壇を構えており、その祈りには家族や民族の無事や倖せが盛り込まれています。そのせいで、彼らは夢を見てしまい、金縛りにも遭い、心臓発作で亡くなってしまうわけです。悲しい物語だなぁと、私は思ったものでした。

 

自分が金縛りに遭遇したこともないくせに、「これはあるだろう・・・」と心から思ったのですね。私はPTSDでまったく眠れないことがあったのですが、その時ですら金縛りに遭うことはなかったのです。うつつ状態というのは、なかなか私には訪れない。子どもの頃は、よく寝言を言っていたのですが、それももう消えてしまいました。父を亡くしたときには歯軋りをしましたが、それくらいです。極限まで追い詰められると、このようなことになるのだろうな、ということは、よくわかります。私も薄氷を踏むような気持ちで日々を送っていたことはありますから。

 

睡眠がどれほど大切なのか、健康な睡眠を得るためには、よりよく生きることが大切だということをわかりつつも、ゲンダイジンとなってしまった私たちは、ついついなおざりにしがちです。激動の体験を重ねておらずとも、きっと蓄積は大きいものになっているかもしれません。

 

金縛りは心霊現象ではないかもしれませんが、心霊現象に捉えてしまう人がいても、まったく不思議ではない、というお話でした。どうでした?

行動範囲は広いほうが良い?


英語スクールではありますが、心理レッスンのかなり早い段階で Mobility:可動域・可動性というのを学んでいただきます。自分が動くことのできる範囲やその種類その性質を学んでいただき、それが自分の世界なんだということをはっきりと自覚していただく大事なレッスンです。

フィジカルの意味での体が動く行動範囲は、さほど広くなくてもいいのではないかと思います。どの程度が広いー狭い、というのも主観ですし、海外旅行をたくさんした人でも空っぽな人は山ほどいます。要はその動いた場所で何をピックアップするか?ということです。しかもそのピックアップしたものをどのように頭や心に刻むかということが問題になります。

例えば、自分の家の中でも自分が買ったものに気がつかないという事実があります。私はそんなことはないわ!という人がいますが、ではその使用頻度を考えたり、便利さを満喫してるでしょうか?家族にしてもいて当たり前と思っていて、幸せを紡ぐためのコミュニケーションがしっかり取れているでしょうか?

そうした意味ではこの行動範囲は決して広くなくてもいいのです。ただ、新しいものに出会うためには、ある程度の行動範囲を広げた方がいいわけです。実際人間というのは悲しいことに、学校と家、仕事と家、趣味のスクールや友達と遊ぶ場所と家、の往復しているに過ぎないため、まとまったお休みがあったりすると旅行に行き、土日のお休みなのには気晴らしにどこかに出かけるわけです。

そこで何を拾うことができるか?その拾ったものをどのように心や魂に刻めるか?が問題であって、そもそもの広さをうんと大きくする必要はないわけです。

なぜならばこの可動域にはフィジカルなものだけではなく、Psychological とAcademicの もう2面が加わるからです。

レッスンでしっかり理解していただくのは、フィジカルの行動範囲を増やすことよりも、この他者の気持ちがわかることや、仕事や学習をすることによってその深みを加えていただくことです。Mobilityというのは、体が実際に動くものだけではなく心や頭が動くもの、も含まれるということです。心や頭が鈍化している人の場合は、このMobilityが狭いわけです。たとえ旅行に行っても拾えるものが少なくなります。むしろバケーションなどに行かない人の方が、身近にある何かにひどく感動することができるかもしれません。あ、私か(笑)。

旅行に行けない負け惜しみに聞こえるかもしれませんが(笑)、実際に毎日の暮らしの中で、他者の立場や心持ちを深く感じられることや、学習をしたり、新しい知識に対して頭に刻むことができ、その後に心に反映させることができたらもっと楽しいと思っています。

さてあなたはいかがですか?

当然の権利の行使

02/23/2008 にアップした文章です。

 

「へぇ、今までこんなに閉ざされた世界だったんだ・・・」と、アメリカ在住だった私がまたもやシフトしたのが、弁護士の懲戒請求ケースが、橋本大阪府知事が弁護士時代に起こしたケースをきかっけに、7倍にも上がったというニュース。心の中では、「やれやれぇ!」と思っているのです(笑)。高い弁護料を払って、まともな仕事をしない弁護士というのは、日本ではまだまだ多いのだろうなと予測します。しかも、アメリカと比べてしまうと、訴訟そのものをしなくてはならぬほどのケースというのは、ザルにかけるとさらに少ないはずで・・・。私の頭の中での理屈は動いても、どうも心のシフトがうまく行かず・・・。

http://www.nichibenren.or.jp/ja/autonomy/tyoukai.html 日弁連のページです。

 

ニュースを詳しく読むと、関係者ではない一般人が、山口の光市事件の弁護人たちに対して、懲戒請求を起こしているケースがそのうちの8割で、他のケースでは「微増」程度らしい。ということは、他人に同情しての「怒って同調し、何かできることはないかと思った結果の行動」がほとんどだということなのでしょう。

 

もちろん、日本では訴訟をするという行為そのものが、欧米に比べると少ないです。日本人は、欧米人はすぐに訴訟をすると思っているようですが、そうでもないんですよ。日本に入ってくる訴訟のニュースは、アメリカにおいてもものすごく特例なケースが多いし、裁判所としては受け付けなければならないケースです。なぜならば、自由と権利の下で、訴訟をすることも含まれているので、取上げずにはいられないわけで・・・。

 

昨日も、弁護士朝吹里矢子という再放送ドラマを見ていたら(いや、ただ点けてあった状態で、その気になって見ていたわけではないのだけれども)子どもの証言について、「日本では証言者の年齢については規定はされていない」という言葉がありました。年齢で規定などしなくていいから、その証言がどのように正当性があるかどうかを考えろよなぁ・・・(汗)などと、ひとりで思っておりました。こういう意味のない法律の空洞化のようなもの、多くないですか?年齢じゃねーだろう、と誰でも即座に思ってほしいものですが、実際はそうではないし、誰もこれに関してどうもしない・・・。

 

私は自分が積極的に草の根運動をするほどに、熱い人間ではないのですが、他人がやっている草の根運動に関しては、できる範囲で協力する態度があります。草の根運動の方々のすごいなと思うのは、これだけ世の中に問題が蔓延している中、「たったひとつを選ぶ」ということができること。私にはできない・・・。遭ってはいけないような、悲しい出来事に刺激されて、突き動かされるという人々がほとんどなのでしょう。そういう意味では私はとても優柔不断なのです。レイプをされた経験がありますが、レイプ撲滅などはありえないと諦観しているし(生命体の生殖行為と、ヒトとしての愉楽を否定して何が楽しいものか、と思うし、その時と場合と相手というのは、個人が決めていくものであって、私がとやかく言う問題じゃないよな・・・ととても醒めているし、そういった価値観への働きかけというのは、とても気が長い運動なので、やる気にならない、という熱の問題なのでしょう)、障害者に対する社会の態度などに関しても、私は多くの草の根運動に賛同していますが、自分がひとつに絞ることはできないでいます。私の才能やバックグラウンドなどを鑑みても、どれがイチバン即したものかもわからないという情けない状態は続いており、さらに、熱のなさというのがあるんでしょうね。

 

私は情熱的な人間であったのですが、どんどん自分を馴らしてきて、やっと落ち着いたところなので、もう種火に大いなる火は点けたくないという卑怯なところがある。生き延びたいですから。ラクをしたいというのではなく、ただただ生き延びたいというだけのことなのです。

 

個人が訴訟を起こすようなシステムというのは、日本でいかに整備されていないか?というのは、養育費でわかります。離婚しておいて、自分の子どもの養育費を払っていない男性たちが、山ほどいるということそのものが、いかに無責任なことなのかわかっているのだろうか?

 

これによるとhttp://www.nichibenren.or.jp/ja/opinion/report/data/2004_15.pdf 離婚時に養育費の取り決めをするカップルが、わずか35%しかいないという現状。しかも金額は、85%が月額6万以下というオソマツさ。子どもが1ヶ月どうやって6万で育つんだよ・・・。母親に養育義務があって、半額を負担せねばならぬとしても、12万の中には、教育費と食費や光熱費のほかに、家賃や洋服や学資保険やその他、すべてが入っていなければ、離婚前の状態から突き落とされることになり、しかも、そこに父親がいないというハンディまでもあるわけで・・・。いっしょに生きていくことができないのであれば、お金を出すくらいは当然なことである。

 

http://www.rikon-navi.jp/shiryou/santeihyou/youikuhi/index.html これが算定表なのですが、まぁ、少ないよね・・・。だから離婚がお手軽になるんだとも言えるし、子どもを簡単に作る人々は後を絶たない。

 

これはただの一例で、システムさえちゃんとしていれば、訴訟したほうがいいことは山ほどあります。泣き寝入りが減るという意味で・・・。そのためには、個々人が、契約書の読み方を習得する必要もあるし、よりよい弁護士の選び方も身につける必要もあり、法律に敏感になり、国民としての意識も高まり、国のあり方に参加しているという自覚も生まれ、いいことだろうと思うのだ。

 

クーリングオフに関してもわからなければ、ネットでいくらでも出てくるし、騒音や借金についてなど、いくらでもオンラインで事例が出てきます。その上で、どの弁護士を選ぶのか?というのがわからなければまずいでしょう。オレオレ詐欺のような、私が子どもの頃には到底起こりえなかった詐欺も続発しており、手を替え品を替えいろいろな手口は進化しているようです。その時に、泣き寝入りしないための自衛能力を身につけることは、もう義務なわけで・・・。権利の行使どころではないのですね。

 

弁護士もただなったから優秀でもない時代にしなければなりません。約束した仕事をきちんと遂行してくれるのが、いい弁護士です。そうでなければ、懲戒訴訟をするくらいの知識と態度を身につけたほうがいい。

 

契約書をロクに読まずに、簡単にサインできる時代はもう終わったのです。当然の権利はバンバン使ってください。その代わり、その自由や権利の代償として、義務のほかに、身につけなければならない知識は増えていくのでしょうが、それも大脳皮質がこれだけ多くなってしまったヒトとしては、避けられないことになりました。

 

買い物だって心配な世の中になっちゃったじゃないですか・・・。餃子以外に付着していた食品も続々報告されており、本当にどうしたもんだか、と思ってしまいます。自衛、大切ですよね。

「怒る」と「叱る」の違い その2

02/22/2008 にアップした文章です。

昨日は、叱るに終始してしまい、怒る(おこるといかる)について触れずじまいでした。私は喜怒哀楽が激しいですから、よく怒りもするんですよ。でも、対象をかなり決めて怒っています。そんな器用なことがなぜできるんだって?(笑)おそらく、長年のトライアル&エラーで、自然とこういう形になったんでしょうねぇ・・・。怒っている対象物や人がわからないのって、かなり苦痛なんですよ。しかも、根本解決へと導かれることがないので、またもや同じようなことがあると、同じくらいな気持ちになっていくわけです。あんまり建設的でもなく、自分だけがやたらと苦しい羽目に陥っていることに気づかず、怒っている人はよく見かけますねぇ。

 

重複するんですが、昨日のサイトをまた見てもらうのも気が引けるので・・・。

 

怒る:(1)腹を立てる。立腹する。いかる。(2)しかる。

叱る:(1)(目下の者に対して)相手のよくない言動をとがめて、強い態度で責める。(2)怒る。(3)陰で悪口を言う。

怒る(いかる):(1)腹を立てる。おこる。(2)ごつごつした形をする。角張る。(3)荒々しく動く。

責める:(1)言葉で追いつめる。(ア)落ち度がある、お前の責任だといって相手をとがめる。非難する。(イ)しきりに言い立てて自分の思いどおりにさせる。するように求める。せがむ。(2)苦しめる。悩ます。(3)目的を達するために、積極的にはたらきかける。(4)拷問する。(5)ある動作を一心に行う。(6)馬を乗り慣らす。

 

そもそも、感情というのは、他者との関わりから生じること、と思い込んでいる人がさぞかし多いことでしょう。実際は、自分というヒトとの関わりで生じており、その視点から他人をかなり決め付けており(日ごろの観察などから、かなり正確に物事を見ていると誤解しているところから、まず反省したほうがいいかもしれない)、そのせいで怒ってしまうわけです。

 

ヒントとしては、こうです。その目の前にいる人物が嫌いなのかどうか?を考える。

 

私は、全般に嫌いな人というのが極端に少ないかもしれません。嫌いになる前に、「関わらない人」というジャンルを作っているせいなのでしょう。子どもの頃からアルバイトを開始したティーン時代に身についたことです。バイトで出入りが激しいと、いろいろな人に出会いますが、挨拶以外に関わらない人というジャンルを作ったことは、悪いことではなかったように思うのです。その中には、私個人が生理的にダメな人を入れています。たとえば、匂いや衛生観、安全という考え方があからさまに違うことは観察くらいに詳細に見ることでわかることがよくあります。バイト先では、ごはんが1食無料で出たのですが(たぶんそうだったと思う。100円だった時代もあったのかもしれない・・・)、たまたまいっしょにごはんを食べていると、衛生観や倹約観念などは、仔細に見ているとわかることがあります。私は食べ物を横柄な態度で残す人が生理的にダメですね。生きていくことに関しての謙虚さや感謝がない気がして、もう受け付けません。口にものがたくさん詰まったままで話したりする人とも、将来的にはうまく行かなくなることがわかっているので、「関わらない人」のジャンルに入れてしまいます。TVを見ていても同じことで、「好き嫌いのジャンル対象にもならない人」というのが、おそらくほとんどなのではないかと・・・。嫌いになるというのは、情熱が必要なことです。

 

私は、自分が生き延びることがまず大切なので、私が生き延びていくチャンスを減らすような人とは、関わらないことに決めているわけです。もちろん、High Risk, High Returnの法則はわかっていますから、そんなに厳しいものではないんですよ。ただ、私の鼻が曲がってしまうほどの香水をジャバジャバつけている人や、お風呂に入らない人などは、生理的にダメなので、「一度何かのチャンスがあった場合には口にしてみる努力」はして、そこでの気づきがあればその後もおつきあいはできるのですが、故意にそうである場合には、「関わらない人」のジャンルに入ります。フケや歯磨きをしないなどもそうですね・・・。

 

そうなると怒る必要すらないので、限られたエナジーを節約することができる・・・。姑息な考え方なのでしょうが、私もスーパーマンではないので・・・。暴走族が集団で走ってきたときに、逃げるのと同じようなものです。卑怯なのか?うーん、私は己を知っていると思っています。

 

「関わる人」の中とのおつきあいで、私の嫌いなところがその人の行動の半分以上になれば、その人は「嫌いな人」に降格していき、おつきあい解消となります。そうでなければ、私は人そのものを嫌いになることはなく、そういった珍しい人は、今までそれほどはいませんでした。ええ、本当に少なかったですよ。「イヤだからやらないで」と何度もお願いしても、やった人が何人かいましたが、そうなるともう嫌いになるしかないです・・・。当時はなかった語彙ですが、いわゆるストーカーですね・・・。女性でも、時間が守れないなどのことが何度かあったら、その人とは、待ち合わせをしなければよく、それが不便すぎることになると、自然と「関わらない人」になる場合が多くなり、何も嫌いになる必要はなかった、というのが事実なのでしょう。そういう意味では、私は心情的に嫌いではないので、こちらから去ったわけではなく、「去られてしまった感」が残るんですが。

 

このようにしていると、人を嫌いになることはなく、人がした行動ひとつひとつを見ていけるようになるわけです。私の場合、特に好きな容姿の造作(鼻や目や眉毛など)はありますが、嫌いなものは特にないので、容姿のせいで人を嫌いになることはないです。見せる表情が、半分以上が受け付けないものであれば、「嫌いな人」に降格する可能性はあるのですが、それほど死んだ表情ばかりを見せるほうが、きっと至難の業でしょう・・・。

 

とりあえず、私が高校を卒業してから出没している行動範囲内で、それほど不思議な人はいなかった・・・。少なくともネットを介して人と知り合うまでは、と付け加えておいたほうがいいかもしれません(笑)。

 

そのせいで、怒ることなど特になく、国のシステムや、行政の成り立ちやプロセスなどにはたいへんに怒り、家の中をクマのように歩いてしまうこともありますが、個人に対してものすごい怒りを感じることは少ないです。私はその人のすべてを知っているわけではないですから。家族は、歳月を共に過ごしてきており、嫌いだったらいっしょにいるわけもないですし・・・。

 

生徒さんたちの中で、これまでイチバン長いところが、もうすぐ7ヶ月になるのですが、特に嫌いな生徒さんはいませんでした。まぁ、プライベートでふたりっきりになって、嫌いになれるわけもなく、みんなのことをそれぞれ好きになってしまい、「愛情というのはキリがないもんだ・・・」とむしろ感心するくらいです。いや、相手がどのように感じているかはまた別問題で、私は人を嫌いにはならないので、怒ることもありません。

 

怒る前に、「どうして?」と聞いていることのほうがずっと多い・・・。今日などは、母が「洋裁の先生から餃子の皮をもらってきた」という話をしていたので、実際に冷蔵庫の中を覗いたら、その餃子の皮が、四角かったので、「これ、シュウマイの皮じゃない?」と聞いたら、餃子とシュウマイの皮の違いを話し始めたのですが、いつのまにか、形から色の話へと変わっており、話を挿げ替えていた(爆)。「シュウマイの皮は黄色いんだよ」と(爆)。「ダメじゃん。どうして四角いのがシュウマイだって言っている私に、いきなり四角くても白かったら餃子の皮なんていう、わかんない説明すんのよ・・・」という不思議な会話をしていたのですが、怒ったりはしてませんねぇ。いつものことです(爆)。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%84%BC%E5%A3%B2 ちなみに、澱粉が入っているのがシュウマイの皮だそうで、やはり四角いようである(例外はあるらしいが)。

 

特定の個人に対して、怒ることがそれほどないので、私は叱ることもしないんでしょうねぇ・・・。そもそも、ネコたちは叱るようなことはしませんし・・・>とはいえ、母はゲロを吐いただけで怒っているので、無駄な労力を使ってるなぁと思うんですが・・・>毛玉が溜まったら吐くよ・・・と(笑)。週に1回くらいの割合でみんながやっているんで、そりゃ相当な量ですけどねぇ・・・。自然の摂理だもんなぁ。西さんにも私はもう怒るようなことはないですね。最後がいつだったのだろうか?と、不思議ですらあります。

 

この前図書館で、「本を返却していないから貸し出し停止になっています」という不名誉なことを言われて、少しむっとしたのですが、何に関しても完璧というのはないので、家に戻ってもう一度確かめた揚句、電話をして「同じ著者のものだったので、同じ日に返却しました」との旨を告げたら、その場で停止解除してくれました。怒るようなものではなく、アノ場では「面倒くさーい!」と思っただけのことです(笑)。

 

私ごときが、何かの基準を設けて他人に押し付けることはしかねます。私が誰かに何かを押し付けられたら不愉快極まりなく、反抗しまくるので、他人様には到底できません。叱るってそういう行為だと思うなぁ。大人であれば話し合いしましょうよ・・・と思うんですが・・・。

 

GW Boot Camp 記 I

4月27日(土)

 

英語の基本

How to Listen 英語の学び方と成果の測り方

Listening にレベルあり?+Listening 演習

Speed Reading 日本語と英語の違い

Readingと脳+演習

時制

時制演習

さまざまな動詞とその文法 理解度チェックと演習

 

初日からこれだけ飛ばしてやってみました。基本的には調布駅前のランチは混むので、13-14時をランチタイムとして、午前中を4時間、後半を3時間にしたのです。でないと、ランチを食べた直後はだるくなってしまうので・・・。

 

無料体験レッスンを含め、英語を学ぶ人たち全員にご理解していただきたいことを、午前中にすべて押さえておきました。内部の形がほとんどだったのですが、今回 PRECIOUS ONE English school が初めてという方もいらして、なぜ英語に心理学レッスンが必要なのか?を十分ご理解頂いた後に、 英語そのものを学んでいただきたいと思った次第です。

 

特に、Listeningに関することや、Readingの基本に関することなど、全く他校では教えていない観点から、どうしても必要なベースを見つけていただきたかったので、午前中に一気に行ってみました。

 

多聴・多読・単語が必須!

 

という常識をいかに打ち敗れるか?によって今後の英語の伸びしろが全然違ってきます。さらに学習法においても、なぜこの多聴・多読・単語を暗記することがダメなのか?ということを知識としてしっかり理解していただくことが大切でした。

 

既存の生徒さんは 理解してはいるものの、他の方々を説得するほどの深い確信ではなかったのですが、GW中、本当に確信し、実行あるのみと思うようになったかと見受けられます。

 

特に、Readingではこの多読・単語が必須にこだわっていると、読んでいるようで実は止まってしまっているという現象があり、それにしっかり気づくことができるようになったことは賜物です。ゴールデンウィークの成果は大きかったので、アンケート用紙を皆様とシェアしたいと思っています。

 

脳をどのように意識していくか?というポイントが分かれば、全ての事がサクサクと進んでいくことに気づけるようになりました。眠い時はしっかり寝る、集中力がないときはさほど集中力が必要にではない他の事をする、などメリハリを付けられるようになってきたかと思います。

 

午後は時制をもう一度しっかりと復習したのですが、たとえ知識でわかっていても、日本語と英語の違いがどうしても踏み越えることができず、体感として落ちることがなかなかなかった生徒さんたちも、理屈ではなく、日本語に直すことがなく、できるものとできないものが見えてきました。

 

特に現在完了形は日本人にとって大変難しいものです。これはそれなりの回数をこなすことが必要だとは思いますが、その回数を減らすために、実際に暮らしている中で人々が営んでいる生活の中で、英語ではどの時制に当たるのか?ということを見ていけば、成果が上がることと思います。

 

実際に何人かの生徒さんは、現在完了形の「経験・継続」は相当に理解できるようになったようです。問題は、「完了・結果」で、どうしても日本語で考えてる間は、過去形との区別がつきにくく、これを体感に落とすまでにもう少し時間がかかるようです。

 

時制から派生し、文法中でもかなり難しい準動詞と分類される

・不定詞

・動名詞

も少しご紹介をし、助動詞の在り方なども説明し、プリントをお渡ししました。

 

ちなみに10日間でプリントした数は1000枚を超えました(笑)。破産しないように頑張りまーす!

 

寒さへの順応

02/20/2008 にアップした文章です。

イージス艦がぶつかった漁船の父子がまだ見つかっていない2月20日の午後です。今日も、創作意欲がフツフツと湧いてこないなぁと思いつつ、義務感に満ちたごはんを食べたのですが、やはり朝ごはんが食べられない。しかも、新たに残留農薬入りの別輸入食品まで見つかり、農水相が不謹慎な発言もし、なんだかいい材料がTVやネットで見つけられず・・・。ちょっとだけいいなと思ったのは、Angelina Jolieが妊娠したかもしれないというニュースかなぁ・・・。まだ公式発表はないのだけれども、彼女はどこまでやってくれるのかな、と、私が歳を食っても楽しみではあるのです。

実は本日、思いがけずに完全休日が取れてしまったのです。ええ、ええ、生徒さんがインフルエンザで、キャンセルを食らったのと、出張で戻れないというもので、いつもだったら午後からの緩やかな日だったのですが、なくなってしまいました。わりと何でも楽観視している私としては、昨日そのことを知ったときに、「ああ、体調が悪かったからうれしー!」と思ったのですが、いざ今日になってみると、どうもさみしい(笑)。今日は、時間が流れるのがとても遅いのです。

その割にはまだエッセイをアップしてないじゃないかって?ええ(笑)。

校長センセのご指摘通り、精神疾患持ちの私はここで注意せねばならないのですが、これは躁鬱病ではない感じです。これまでハイパーだったのがストーンと落ちて鬱になるのは、こんなものではなく、こんなに冷静に自分を見ることはできない。いくら学習を重ねた私でも、そのハイパーさ加減には抗えないわけです。それに、今回は、風邪の症状がずっと出ており、やはり精神的影響はあるにしろ、もっと身体的なものなのだろうと思います。そのせいで、副交感神経がネガティブよりになっているのは然りなのですが、鬱に入るような症状でもないです。

何度か説明しましたが、躁鬱病の鬱状態というのは、ただただ疲れてしまい、ひたすら眠るわけです。1日14時間くらい寝てしまって、自分があまりにハイパーだったことを知るようなことも多かったです。危ないなと思うのは、身体的な疲労の自覚症状が訪れたとしてもまったく眠れないことで、そんなときは躁鬱病の鬱状態に入ってもハイパーの残り火がある状態で、自殺してしまうかもしれない混乱状態に陥ります。が、私の今はまったく混乱しているわけではなく、むしろ、「躁鬱病を持たない健常者の穏やかさ時に風邪症状をこじらせてイライラしている状態」というのが正答なのではないかと、やたらと冷静に見ているわけです(笑)。

だから、PTSD時に感じた鬱状態でもないのはわかります。あの時は、やたらと眠れなかった・・・。最長で72時間ほど起きていたのですが、途中うつらうつらしており、きっと脳波的には何分ずつか寝ていたとは思うのです。1日3時間睡眠はザラでしたが、今は、少なくとも7時間は眠っています。途中、喉が渇いて起きてしまうので、いつもならまったくない喉や鼻のあたりの炎症がひどい状態に、慣れていないので、たいへんイライラしている状態なのでしょう。

それが、年齢のせい、だとわかったせいで、鬱に入りそうかもしれないとのご憂慮、ありがとうございます>校長センセ。が、実際のところは、私はもう少し冷静で、昨日はここ20年の日本の冬の寒さについて調べていたのです(笑)。私は過去20年で、日本の冬を;訪問で2回。滞在で3回(今年が4回目)経験しているのですが、年度を見てみると、訪問時はそれなりに寒いこともあったのですが、里帰りは6泊7日や9泊10日とかなり短いので、順応しきれぬまま、Californiaに戻り、身体的モードは激変を潜り抜けただけ、という状態で終わるわけですね。しかも、2回というごく少ない回数なわけです。

滞在時には、父が死んだときに1年居たのですが、それほど極端に寒いわけではなかったし、私の人生においては、父の看病は激動のドラマだったわけで、寒いことについてはさほどの苦痛はなかったようなのです。順応しようがしまいが、父はガンの末期状態に入り、通夜や葬儀を通り抜け、初七日や四十九日が来て、春になった・・・。その翌年は、お金の管理や母の面倒を見るために残ったはずだったのに、私は365日アル中を貫き通してしまったわけです。骨折までして(笑)←雨の中原付に乗っていて、前が見えず、駐車していた車に衝突(爆)。寒さなど感じているわけもなく、おりしもその冬は暖かい寄りでした。そして去年は、ものすごく暖かかったらしい。マンションのせいだと思い込んできたのですが、実際、ものすごく暖かかったと。今年がいかに寒いか?というのは、私の生徒さんで製薬会社にお勤めしている方に、売り上げを聞いてみると劇的だということがわかる。彼の会社は、病院向けのお薬を作って売っているのですが、それだけ入院&通院での薬の需要が多いということで、去年の3倍は行くかもしれないということらしい(まだ冬は終わっていないので最終的な数字はわからない)。

それを昨日聞いて、私はスーパーマンでもないし、やっぱりこの寒さにやっつけられているのだろう、という結論に達したわけです。しかも、この1年5ヶ月、私は文化的アジャストメントには気をつけていたものの、実際は、まず生物学的アジャストメントでかなりのエナジーを費やしていたことには、まったくのところ気づいていたわけです。ものすごく視力が落ちましたもんね。大自然を見ることがなくなったせいです。

この体調の悪さは、寒さのせいなのだ!

私は、薄着なやつなのです。この20年California仕様の洋服しか着てこなかったこともあり、私の装備は1つだけが防寒用。去年横田基地に行くための上下の防寒ブルーカラー服がありますが、それを今年着て出かけてはおらず、それもあったのかもしれない。しかも、私は首近辺を隠すということができない。寒さはそれなりに感じていたのでしょうが、タートルネックは着られないし、マフラーやストールなどをつけることもできません。鬱陶しくて死にそうで、足をバタバタさせたくなるわけです。この寒さの中、手袋を使用したこともなく、ブーツやタイツを履いたこともなかった。

母は、それについて、夕べ勝ち誇ったように、”I told you so!”を連発して、ビールを出してくれました(笑)。慰めているんだか、自分が歳をとったことのいくばくかを、私が体験しているのがうれしいのか、ちとわからないような会話になりましたが・・・(爆)。

その上、私は喫煙量をコントロールしなかった・・・。仕事が多いときには自然と、ただただ物理的に減っただけで、体調に即して我慢する等の努力などした例がないことが仇になりました。昨日くらいから、それに気づいて注意しています←遅い(爆)。

もう4日このような嘆き文章が続いてしまったので、これで最後にして、今日の午後、3日分くらいの書き貯めをすることにしまーす!ごめんなさーい!もう暗くはないですよ、原因がわかりましたから♪

創作意欲の素

02/19/2008 にアップした文章です。

もう風邪っぽい症状は終わりに近づいていることは、確実にわかっており、こじらせる危険もないのだけれども、どうしてか終わらない・・・。この「歳現象」のせいで、なんだかこの1年4ヶ月の帰国後の憂鬱の中で、ベスト3くらいに落ち込んでいるかもしれません。健康を害すると、こんなにヤバイ調子になるのは、PTSD以来の実感です。ということは、もう5年ぶりくらいの感覚なのかもしれない・・・。うーん、そこで、問題なのが、エッセイの質の低下。書き手である私が、どうも充実しきっていないので、吐き出しているくらいに投げやりになってしまう傾向になってしまっています。いや、そうしたいわけではないし、そうしてはいけないとも思っているんですよ。でも、同時に批判ができる読み手でもある私は、それがたまらなくイヤである・・・。

創作:(1)それまでなかったものを初めてつくりだすこと。(2)翻訳などに対して、作家の主体的創造力によって芸術作品をつくりだすこと。また、その作品。(3)事実でなく想像によってつくりだすこと。また、その話など。

意欲:物事を積極的にしようとする意志・気持ち。

積極的:物事に対し自分から進んではたらきかけるさま。⇔消極的

意志:(1)考え。意向。(2)物事をなすにあたっての積極的なこころざし。(3)〔哲・倫〕〔will〕ある目的を実現するために自発的で意識的な行動を生起させる内的意欲。道徳的価値評価の原因ともなる。(4)〔心〕 生活体が示す目的的行動を生起させ、それを統制する心的過程。反射的・本能的な行動とは区別される。(5)文法で、話し手のある事を実現させようとする意向を表す言い方。口語では助動詞「う・よう」、文語では助動詞「む(ん)」「むず(んず)」を付けて言い表す。

イージス艦の漁船への追突のニュースが入ってきたり、民主党の菅代表と宮崎県の東国原知事の道路問題についての激論も入ってきているのだけれども、どうも、いつものように心が動いていないのに気づく・・・。むしろ、そのニュースで、「なんとかしてこうしたらいいのに」と思うより早く、「絶望的じゃん・・・」とネガティブな気持ちが先行していることに気づくと、「こんなときに書いている場合じゃないよな・・・」と思えてしまうわけです。

今日の授業は、Reading, Pre-TOEICのグループと、プライベートが3つほど入っているのですが、それまでにどうにかしてテンションをあげないといけないな、と、いつもとまったく違い、苦痛にも感じられているところ。けなげな生徒さんたちは、私のこの長引く体調不良などは関係ないのは百も承知なので、それまでにじわじわと何とかしないといけないんですが・・・。模試テストなどをしてお茶を濁したり、答え合せなどを授業中にやる先生は実在しますが、私は答えが配れない類のものしか答え合せはしないですし、模試などはやりません。ただし、Listeningのテープで持ち出し不可のものだけはその場でやることはありますし、実際に時間を計測することはあります。

いかにも授業というのを避けたいので、配り物やオリジナル教材を使ってのディスカッションなども行っており、英語文献で、健康や睡眠や裁判員制度や映画やその他の教材になるものを拾ってくるのは、豊富がゆえに簡単ですが、その組み立てはいろいろ考え込みます。うん、今日もそれで行こう・・・。そうすればテンションが上がるであろう。と少し探したのだけれども、やっぱりいつもと違うのがわかる・・・。いつもはチャカチャカと頭が動いてすぐに決定できるのだけれども、どれにしようか迷ってみたり、うまく「これだ!」というのが探せないでいるところです。が、最終的には、プロスポーツ選手の年収リストにしました(笑)。Readingクラスでの今日のお題は、Workaholic, pro-athlete incomeなのです。

これまでも、創作意欲がないときには、みんなが活発にディスカッションができるネタを提供してきましたが、長いときには、私にあまりやる気がないときだったりします。与えられた教材だけで時間が足りないこともままあり、そんなときは私の調子がよくて、よく話していたり、おまけ情報を披露していたりするわけで・・・。

私は、小学校5年くらいから渡米して2年間ほど日記をつけており、9歳から26歳ですから、17年間くらいは日記をなるべく休まずにつけることができたわけです。なので、エッセイはタイプだし、何も自分を内省するばかりでもなくて済むし、お題は広いし、書けて然りなわけですが、どうも乗り気が薄い。すべてが体調のせいなのか?と、また癖である内観をやってしまったりもする(笑)。

内観:(1)〔仏〕 精神を集中して自分の心を観ずることによって、自己の内部にある真理や自己の真実の姿を知ろうとする瞑想による修行法。観心(かんじん)。(2)自己の内面を見つめ、そこにあるものを探求すること。内省。(3)〔心〕〔introspection〕自分自身の心の動き・状態を自分で観察すること。自己観察。内省。

うーん、でもおそらく、ほぼ8割方は体調のせいなのだろう。そして、そこから来る、「サバイバルのための復活」にこれまでよりも時間が掛かっているという、老化に対しての「荒び」から来ているものと思われる(笑)。

荒び:(1)物事の進んでいく勢いにまかせること。事の成り行きにまかせること。(2)心のおもむくままに物事をすること。慰み。遊び。すさみ。

イージス艦の対処法にしたって、かなり怒ってはいたんですよ。「100年前のタイタニック号のときと同じテクノロジーでもないくせに、どうして漁船にぶち当たるんだよっ!」くらいな勢いで・・・。でも、大臣や国の機関である人々の対応が、これまでに後手後手なのを見て、「いやー、自分もこういう扱いを平気で受けているってぇことなんだよね・・・。たまたま私が漁船に乗る仕事が生業じゃなかっただけで・・・」なとと思ってしまい、どんどん落ち込むことに・・・(汗)。「明け方の海は寒かっただろうな」ともうお日様が照らしている海の映像を見ながら思ったりして、さらに落ち込みは進み、「ただただ正直にまっすぐに働いてきただけで、こんなことが起きていいのか?」といういつもの調子の怒りが出てこず、絶望的な気分になってしまったのです。

いくら8割方が体調不良とはいえ、こんなひどい創作意欲では申し訳なく、母においしいお昼ご飯を食べさせてもらえてからならば大丈夫かと思いきや・・・。昼はエビチリ定食みたいなものだったんですが、そりゃぁおいしかったんですけれども、どうもテンションはあがりきらず・・・。ごはんもおいしいのに、どうしてか爆発的にうれしくもなく・・・(汗)。

というわけで、明日はなんとか違う作戦を取り、この創作意欲の素になるものを、太陽電池ではないらしいので、補給してまいります。お風呂もダメだったし、豪勢なエビでもダメだったとなると、何が相当な効き目があるんだろうか?と少し戸惑いつつ・・・。

昨日くらいから仕事は緩やかになってきたのですが、そのせいなのかもしれない。やっぱり私は忙しくないとダメなのかもしれない、と、Workaholicな自分を呪ってみてもいます・・・。

お風呂大作戦

02/18/2008 にアップした文章です。

明日はこの蓄積した疲れを何とかして取ろうと思っております。なんだか大計画である(笑)。ひどいショックで、なんだかネガティブな気持ちになっており、今日もレッスンをしたのですが、プラシボ効果について、中学2年生の男子に言いながらも、自分に言い聞かせていた節があり(笑)。しかも、『走れメロス』のあらすじを使いながら説明したのである←中学生くらいでやるんだよね、確か。今日は、戻ってから、砂が詰まった肩こり用の電子レンジで温めて使うものを、肩と腰に使ったのですが、どうも取れた気がしない。母が戻らない限り、お湯がもったいないので、お風呂には入れず・・・←あくまで倹約家なのだ。ケチとは違う(笑)。

私は、サウナがかなり好きで、西さんといっしょに暮していた頃には、1ヶ月に1回は必ず、韓国式のスチームサウナに入っていたのです。肌がつるつるすることもあるのですが、汗をかくのはやはり気持ちいい。しかも、その場ですぐに洗い流せるというのはいい。お風呂は日本人らしく好きなのだなぁ。けれども、毎日入る必要は、今のところ感じておらず、図書館の図書しかないので、お風呂に入れる本がないせいかと思われる・・・。

毎日お風呂に入ったほうがいいのは知っているのですが、何せ私のお風呂は時間がかかる。そのせいで、瞬間湯沸かし器しかなかった時代から、私はそれをお風呂に持ちこみ(ただ回路を繋げただけなのだけれども・・・)、中学生の頃から朝シャンプーはしていたのです。時代の先取りをしており、アレが流行った頃には、かなりその発想を「古いじゃん・・・」とバカにしておりました(笑)。それでも、家族がいるので、夜はお風呂に入れるという贅沢ができて、バイトを開始するまでは、せっせとお風呂に浸かっていたんだけれどもなぁ・・・。バイトが始まってからも、追い炊きをせずに済むほどだったらちゃんと浸かって、疲れを取っていたのだけれどもなぁ・・・。

弟のところは、24時間風呂をまだ採用しているので別としても、今のマンションはただお湯を入れるだけのところで、追い炊きシステムがないのです。アメリカのお風呂も同じなので、違和感はそれほどないのですが、ひとりで入るのは、今、ふたり+時々3人で住んでいるので憚られるわけです。どうしたんだろうか、この金銭感覚は(笑)。

そして、母が夜の9時過ぎにボーイフレンドの家から戻って来て、お笑いの番組の話や、お金や雑事を話したあと、あまりに疲れが取れず、校長センセにもブログのコメント欄で、「そりゃもう歳だね」と言われたことなどを話すと、たいへんに気の毒がられてしまいました・・・。母は70歳なのですが、彼女が歳を感じたのは、脳については30代で、身体については50歳の声を聴いたときだったらしい。うーん、彼女には充分、私を同情する余地があるかもしれない・・・。

そして、けなげな彼女は、「じゃ、明日は朝っぱらからお風呂に入ろうか」と、私をなぐさめてくれて、「じゃ、今晩は、ビールでも飲む?」と、コンビニに行ってくれたのです(笑)。そこで、彼女は、自分の健康についても考えて、サントリーの「胡麻麦茶」というのを買ってきて、高血圧の予防のお茶を買ってきて、ビール前に飲んでいるのであります(笑)。私がキンキンに冷えたビールが好きなので、なぜか10分だけ冷凍庫に入れてくれているわけです。そのあいだに、マメな彼女は、自分で胡麻麦茶が作れそうだと言いつつ、在庫の麦茶や胡麻スリ器などを出しています←これがすごいんだよなぁ・・・。

いくつになっても私のことを心配してくれる母は、お風呂場からいろいろと温泉の素を出してきてくれてあり、「匂いが肝心なんだよねぇ」などと、私がしっかり聞いていると思って話しています(笑)。

そして朝、お風呂に入りましたよ。1時間以上かけて・・・。いやー、汗がまだダクダクと出ています。室温は、20度にセットしているのですが、妙に暑いです。ネコたちは、私の匂いがお風呂の匂いなので、自分の匂いをつけようとしています(笑)。ダメだよなぁ、毛がつきやすいんだから近づいてくれるな、と思いつつ、それでも負けて抱いてしまう私です。

うん、やっぱりなんだかいい感じだなぁ・・・。

ということはだよ・・・。やっぱりスイミングに行って、タダでくっついてくるジャグジーとサウナを使えれば、毎日これくらいは、「凝りほぐれた気分」にはなるんだろうなぁ・・・。なんとかして時間を確保して、この時間を作ったほうがいいんだろうな、と、妙に真剣に思いつめています。今回、相当ダメージを受けたんですよね・・・。本当に歳なのか・・・と観念せねばならぬような(爆)。

少し仕事をセーブしようと思い始めています。おかげさまで、声を掛けてくださる方が増えているのはいいことなのですが、やはり完全休日がないと無理でしょう。時間を気にせず、ひたすら眠ることができる日というのは、1週間に1回くらいは確保しておかねばならない年齢になったんだろうと、さっきもお風呂に浸かりつつ考えていました。4月からは、日曜日に朝から夕方まで授業があるので、土曜日に朝から晩まで働いてからの授業はきっとキツイに違いない。だったら、平日のどれかを完全休日にせねばならぬことでしょう・・・。いつがいいのかなぁ・・・。祝日が多い月曜日?なんだか、日本は祝日が多いよね?まとめて休みたい私としては、この飛び飛びのお休みはどうも我慢ならぬ(笑)。

入り終わってからでは遅いのですが、まだ何もできそうにないので、記事検索をして読んでみました(笑)。

http://www.kenko-journal.com/back/ofuro.html

日本人に不眠症が増えているのは、今まで入っていたお風呂に入らなくなったせいなのかもしれないなぁ、などと考えながら読みました。私がそうだもんなぁ。追い炊きさえできればなぁ・・・。冷水浴もいいのか。でも、今はできない(笑)。毎日お風呂は無理だから、やっぱり足湯を始めようかなぁ・・・。すぐにお湯の温度が冷えてしまうのがまずいのですが、差し湯をすればいいんだろうな。こうして、PCをやっているときずっと浸かっていればいいだけの話だもんなぁ・・・。が、アメリカに足湯器具は置いて来てしまったし・・・。たらいなんかじゃダメだろうなぁ・・・。

というわけで、明日からはもうちょいアップビートな話が書けることを所望しつつ、今日は仕事が少ないので、ゆっくりして、この風邪とも言えない状態を終わりにしたいです。昨日の夜から、マスクと口のあいだに、濡れたガーゼを挟んで寝ているのですが、朝の調子はいいようです。しかし、どうしたらこんなにこじれるんだ?と思ったのは、健康に関しては人生で初めてです。こんなことが二度とありませんように・・・←いや、いつかは来るんだろうけれども、近い将来にありませんように・・・。

継続を成功させるポイント


継続=習慣化は、なかなか定着しないことで自分のことをだらしない人間と思ってしまう傾向が生まれます。

最初のポイントは、「今の自分に簡単にできることをまず」ということです。日常的にやっていることにほんのひとつほんの少し、の追加をするだけでいいわけです。その難しさによって、定着するのに数日から数週間かかるとは思いますが、自分がどれぐらい待てる性格なのか?にもよります。

例えば私は、本を読みながら歩くのは全く苦痛ではない日常なのです。ここに何か達成したいことに関することを加えて行くとなると、脳を活性化させたい・漢字を忘れないでいたい→できたら漢検準1級に受かりたい、などが発展版として思いつき、まずは面白みのあるゲーム性が高いナンクロを開始したわけです。漢検準一級の本はとても分厚いのでした(笑)。そして重い(・・;)  なので、書く作業も歩きながらできるようになった私は、ナンクロと同じ見開きでA3の印刷物を作るのでした(笑)。スクールの複合機で漢検準一級の本のコピーを取り、ナンクロに貼り付けるわけです(笑)。気分が乗らなければナンクロを続けることにして、結構気分がいい時には漢字の書き取りをしたりするのでした。読みは簡単なので、このプロジェクトには入れません。

というように、少しずつの進化があれば長い目でみれば大変に尽きるも上がり、自分が変わること請け合いですし、継続しているものです。

ほんの少しずつ上げていくというのが大切で、最初から腹筋五十回などというのはたぶん無理です(笑)。朝ゆっくりしてコーヒーを飲み新聞を読んだ後、そこでプランクを1分、60秒間だけ、とし、ランチを食べて「今日も満足を行くほどあるいはもっと食べてしまった」と素直に思ったらまた1分、60秒間だけ。私の場合はレッスンの合間があるので、待ち時間でまとまった仕事ができない時にはまた一分間だけ。夜も肩こりをほぐすためにやらなくちゃではなく、やったほうが睡眠の質が良くなるな、と思いながらもう1分。小出しにすればできるものなのでした。スクワットも同じです。シャワーを浴びて冷水が温水になるのを待つ時に10回。 階段に気をつけてつま先歩きで駆け上がり、歩いている歩数をスマホでチェック。足りないと思ったらまたスクワットを1セット10回。大体1日50回やればいいやという感じです。一気にやるのは大変です。

やろうと思ってやることはきっと、定着するまではものすごく大変なんだと思います。今の自分ができることに何かひと手間加えるだけ。分割してやるだけ。そうすればそういう自分になってしまって、習慣になっていくわけです。

この漢字検定のプリントも、きっとあと数ヶ月で全部が終わることだと思います。加速したいのであれば、通勤時間だけではなく、トイレに持ち込むことも可能ですし、みんながレッスンを受けるテーブルの上に置いておくことも可能です。が、 さほど急いでいないので、まぁ、こんな感じで OK なわけです(笑)。

最近ちゃんと家事をやるようになって、一汁三菜を心がけているのですが、その三菜も一つはお豆腐にアレンジを加えるというのを許したら、けっこうラクになってきました。残り物と残り物合わせるという技も覚え、メインのおかずにもう二つくっつけるのは結構上手になりました(笑)。1975年頃の日本の食卓を再現しようとがんばっております(笑)。

皆さんはさっそく何ができますか?

体力の限界~東京マラソンの日に

02/17/2008 にアップした文章です。

私は、去年もこの時期に日本に居たのですが、東京マラソンというのがいつ始まって、どんなものなのか、去年まったく気が行きませんでした(笑)。私自身がマラソンができないという明白な理由だけではなく、日本にアジャストするのに必死だった頃なのです。到着してしばらくは、違いを楽しんでいたのですが、4ヶ月ほど経ったあと、かなり焦りが出てきていた頃だったのです。ネコたちはまだおらず、精神的にもつらかったんだろうし、定着した仕事というのは、去年の今頃は持っていませんでした。方向性は見つかっていなかったしね・・・。

東京マラソンのオフィシャルサイト>http://www.tokyo42195.org/

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E3%83%9E%E3%83%A9%E3%82%BD%E3%83%B3 これで歴史や経緯を学ぼう(笑)。

ええええ!ひとつにまとめたやつだったのか・・・(汗)。しかも参加者が3万人もいて、5万を目指しているのか・・・(汗)。ちょっと尋常な数じゃないよなぁ・・・。え?去年から統合系が始まったのか・・・。ちきしょー、すっかり通り過ぎていた(汗)。

実は私は、今日もそんな場合ではなく、せいぜいTVで観戦するのがオチなのです。昨日は、朝の10時から夜の7時半まで、9時間半のあいだ、5分休みが3回あったきりで、グループの生徒さんたちの合間にトイレに行き、国際線に乗ったときくらいの喫煙間隔を埋めるべく、グループディスカッションをお願いして、ビルの中二階まで行き、喫煙をしたら、倒れるかと思った・・・←だったら吸うな(笑)。終わったあとは、スタッフに「まだまだ元気じゃないですか。毎週コレで行きますか?」くらいなことを言われるくらい元気だったのですが、新宿駅に向うときに、腰痛の兆しが・・・。さらに、なんとなく熱が出そうな予感までしてきてしまい、寒さを浴びたせいなのか、腰が重くて仕方がなかった。そして、新宿発の特急か準特急に乗ろうとしていたのですが、あと4分というところで、いつものように走ることができず、乗れないかと諦めようとした自分に、どうもどっと疲労感が出てしまったのです。走ったことは走ったのですが、なんだかよろけており(笑)、第三者から見たらきっと「早歩き」程度だったと思うのです。ところが、ラッキーなことに間に合ってしまい、乗った途端、いやーな汗が・・・。そこで、気づかぬふりをして、『平家物語』を読んでみたのです。古文の弱さに恥じ入り、ここのところ、柿本人麻呂以来、ちと古文を顧みているのです。ところが、頭に入らない(笑)。平敦盛の段だったので、わかりやすいはずなのに、どうも入ってこない(おそらく、このあたりであれば、中学レベルなんだろう・・・)。

そして、気づかぬうちに、『平家物語』と格闘しているあいだに、調布に到着してしまった、という不思議な疲労感にクビまで浸かりながら駅前を歩いたのですが、今振り返るとその記憶がないのである(苦笑)。まずいよなぁ・・・。

しかも、家に到着して、ネコたちにごはんをあげて、トイレの始末をしたあと、自分のごはんを食べようと思ったのですが、あまりおなか一杯になると変な時間に寝てしまうので、少し待ったのですが、やはり待ちきれずに食べても、なぜか眠くならず、午前3時まで起きているという、不思議なテンションを体験し、今朝は7時に起きてしまった・・・。

校長センセではないのだけれども、鼻と喉が少し気になったので、いっそ起きてしまったのです。そして、TVをつけたら東京マラソン一色でびっくり・・・。

コーヒーだけは淹れたのですが、母がボーイフレンドの家に泊まっているため、ネコたちにごはんを上げたり、抱いてみたり、いろいろしたのだけれども、どうも気分は晴れない。

体力の限界を感じつつも、今日も仕事が1本あるんだなぁ・・・。

そもそも10年に1回しか寝込むほどの風邪を引かない私が、あと6年か7年ほどの猶予があったにも拘らず、去年の年末1日寝込んでしまい、またもや、今回鼻や喉や熱っぽい体験をしており、寝込むほどではないにしろ、完全休日がないために、ぐずぐずしていて治らない。西さんはメールで、「今回の出張は最年長です。最も若い人と30歳近い差があります」などと書いて来るので、どうも気分が滅入る(爆)。私自身は年齢などこれまで感じたことなどなかったのだけれども、今回おそらく初めて、「蓄積された疲労の怖さ」を感じているところです。

今までは、寝れば治っていた、ということばかりだったのに、今回は、初めて「熱っぽい」と思ってからはや8日。ぐずぐずといつまでも鬱陶しいことです。TVを見つつ、「こんなことでは、いつかフルマラソンを」などという夢すら持てないではないか・・・と、なんだかネガティブな気分にさせられています。なので、ちょっとzappingしてみると、『ゲゲゲの鬼太郎』が・・・。でも、なんだか画調が違うみたい。ここでも年齢を感じさせるっつーのか(笑)。そして、さっそく、マルチビタミンを飲んでみる(笑)。朝ごはんは食べる気がしないんだよなぁ・・・。確実にこの疲労は明日によくなるという自信がいまひとつ持てないでいるところが、きっと校長センセや西さんの言うところの、「歳だから・・・」なのかなぁ・・・と思いつつ、今日は始まってしまった。いいことなのか?悪いことなのか?

そもそも、鼻の炎症があっても、鼻がかめるような状態にならないので、ただただティッシュで鼻を押さえているわけですが、朝起きると痰が出るわけです。なので、肺近辺では炎症は凝り固まっている感じがわかる。ちょっといつもより重症で、痰などというものは、もう30年ぶりかもしれない・・・・。

はぁ、こういうビジュアルなものがさらにネガティブ材料なんだなぁとわかっていても、眼を完全に瞑りながら暮せないしなぁ・・・。今日は、仕事が午後終わったら、エッセイを貯め書きしようと思っていたのですが、遅れつつでもいいので、安静に暮そうかと思います。弱気で書いても、いいものが書けるわけもなく・・・。まだおいしいものが食べたいという気持ちにもならないので、きっとけっこうな疲労感なのだろうな・・・。昨日は少しおでんが食べたいと思ったことが、遠い昔のようである・・・。でも、熱は出そうにないから、余計にイライラというところです。一気に終わってもらいたいんだけどなぁ・・・。

昨日は、6月留学の生徒さんの申請書の準備をしたり、英検準1級の方の面接用の練習相手になったりと、楽しい授業が多かったのですが、どうしてこうなってしまったのか・・・。やっぱり『歳なのか』なぁ(笑)。どう思います?いくつくらいで、初めての『歳だなぁ・・・』を感じるものなのでしょうか?まぁ、ヒトそれぞれだとは思うんだけど、だいたいが知りたいかも(爆)。