クイズ番組が多いのはなぜ?

10/04/2008 にアップした文章です。

 

お休みだったので、番組表をにらみつつ、ふと思ったのはクイズ番組が多いこと。しかも、視聴者参加型ではなく、芸能人が答える形式ばかり。どうしてなんだろうか?クイズミリオネアは日本ではもう、特番でしかなくなってしまい、視聴者参加型のクイズは、『アタック25』だけで、あとは季節モノだけしか見当たらないのです。昔はこんなじゃなかったのだけれども、どうしてなんだろうか?ちょっと検索して調べてみようかと思います。



http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%82%A4%E3%82%BA%E7%95%AA%E7%B5%84 >クイズ番組の解説と歴史。コレを全部読むのは面倒くさい方のために、抜粋を。

 

視聴者参加型クイズ番組

視聴者参加型のクイズ番組は古今東西、あらゆる知識力を高める問題が出されたり、ゲーム式でポイントを貯めていくといった形式が多い。また、優勝した解答者には更に、海外旅行や高額賞金及び賞品を獲得できるステージに挑戦できたり、優勝できなくても、参加賞として番組スポンサーから記念品が贈られたり番組特製グッズが贈られたりしている。しかし、近年は個人情報の概念の変化や、一般人よりも知名度のある芸能人の方が視聴者を取り込みやすいなどの理由から減少傾向にある。 現在全国ネットで放送中の番組は「パネルクイズ アタック25」のみであるが、地方局のローカル番組ではこのタイプのクイズ企画が放送される事が多い。

 

そうか、論点はふたつなのか・・・;

  1. 個人情報の概念の変化
  2. 知名度のある有名人のほうが視聴者を取り込みやすい

 

うーん、私は参加しているのが、素人のほうがむしろ「この世の中っていろいろな人がいておもしろいなぁ・・・」と思うやつなのだけれども、それは少数派ってことなのかなぁ・・・。しかも、芸能人は1本いくらでギャラをもらっているのだから、さらに賞金や賞品などもらわずともいいではないか・・・と思うのだわ・・・。

 

またこんな歴史的解説があります>抜粋です。

 

視聴者参加型クイズ番組の最盛期は1980年代頃であった。その時期は数多くのクイズ番組が放送され、ゴールデンタイムでは毎晩どこかの局で必ずといっていいほど放送され、『アメリカ横断ウルトラクイズ』に至っては年に一度の大型特番として君臨し、全国の大学や社会人サークルに「クイズ研究会」ができるきっかけとなった。しかし1985年秋に『アップダウンクイズ』『クイズ天国と地獄』が終了したのを皮切りに、翌1986年3月には『クイズタイムショック』『三枝の国盗りゲーム』『世界一周双六ゲーム』も相次いで終了、視聴者参加型クイズ番組の全盛期は終わりを告げた。そして1990年代前半には「クイズ王ブーム」が起こったが、問題のレベルが高くなりすぎたために視聴者離れを起こし、1992年に『アメリカ横断ウルトラクイズ』がレギュラー開催を終了し、1995年以降はタレント参加型のものがほとんどとなっている。

 

私が渡米したのは、1988年なので、私は全盛期の頃、知識をやっと増やせる年代に生きており、そのせいで、今のご時勢のクイズ番組をかなりシラケて見ているのかもしれず・・・。

 

なぜならば、アメリカでは、視聴者参加型のクイズ番組が今でも主流であり、やっとダンスやリアリティショーで、あまり売れなくなったり、露出度が低くなってきた芸能人が出る、という「落ち目度」や「売れてない度」を逆転復活させるチャンスになるツールとして使われるようになったのです。私が悲しかったのは、KissのGene Simmonsがリアリティショーをやったり、Gottiの娘がやったりしたことかなぁ・・・。今度は、Denise Richardsがやっているらしいのですが、彼女もCharlie Sheenと大げさに離婚して、そのあと縁りを一旦戻し、またもや大ドラマのあと別れ、裁判でゴネゴネをしたあと、親友のHeather Locklearのだんな、Samboa(Bon Joviのギタリスト)を略奪したかも!?という形ですぐに付き合い、またもや別れ、ということで、アレ以外売れる手立てはなかったのかもなぁ、というような見方があるわけです。さらに、アメリカではCheersという長く続いた人気Sitcomにでも出て、そのあと映画スターへと着実に出世したKirstie Alleyなども、離婚したあと太ってしまい仕事がなくなったので、痩せる!というリアリティTVを引き受けたなど、あまりイメージはよくないのだ・・・。私はこれらに慣れているせいで、特に、芸能人のプライバシーというのは、「秘されてこそをかし」という気持ちがあるに違いなく・・・。

 

ましてや、あんなに知識がない人々が、自分よりもずっと稼いでいるという事実に、妙にむかっ腹すら立ってしまい、どうして、すでに稼いでいる人がまたもや稼がないといけないのか?とも思える。芸能人とて、旬の季節がある職業らしいので、本当の意味での芸がない人は、アノ手の番組でたくさん稼いでおかないといけないらしいので、まぁ、それはしょうがないのか?

 

英語を教えるときに勧めているクイズ番組は、コレです。http://www.wheeloffortune.com/ 

こちらが日本語の解説ページ>でも、歴史などにまでは言及していないので、あまりわかりやすくはない。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%82%A4%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%96%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%81%E3%83%A5%E3%83%B3_(%E3%83%86%E3%83%AC%E3%83%93%E7%95%AA%E7%B5%84) 私も渡米して、Duplexに日本人女学生4人で住み始めたときには、毎日見ていました。パネルに言葉が並んでおり、子音を当てていき、母音を買ってそれをヒントにするというもので、私が見た限りの最高金額は、日本円に直して1200万というのがありましたね。30分でです、はい。オンラインゲームで2350円なので、語彙を楽しく増やすためにはそれほど高くはないのです。私にはあまり意味がないですが、英語が話せない人にはとても有効です。この番組で、どんなバックグラウンドなのかを紹介したあと、3人の参加者の中で応援したい人というのが決まってしまい、それはやはり経済的にイチバン恵まれない人だったりしたのは、私の「固定観念」なのでしょうね。ちょっとした生活費に使える突然のボーナスを一般市民にあげられるというのは、ショービズの使命ですらないのか?と思ったりしたものです。社会格差になった折、いろいろなものが「商品」になるとしたならば、勉学や日ごろ好奇心いっぱいで過ごしてきた成果を、クイズ番組で素人が試せるようにしてもらいたいものだ・・・。

 

これがアメリカのゲーム番組のリストなのですが、やはりリアリティ番組を抜かして、ほぼ8割が視聴者参加型でした。http://en.wikipedia.org/wiki/List_of_American_game_shows 夢を売る商売であれば、芸能人に芸がないことを、なぜに晒すのか?ちょっと理解しかねているこの頃です。不思議である・・・。この謎は、私が1980年代の10代後半から20代前半に日本で過ごしたせいなのかなぁ・・・。うーん・・・。しかも、羞恥心の作詞が島田紳介氏だということを知り、さらにげんなりしているのである・・・。どうやってもお金は彼のところに行くのか・・・と苦笑している始末(爆)。もうちょっと誰かが抵抗したほうがいいと思うんだけどなぁ。と思うと、児玉清がやたらと愛おしい気がするのであった・・・。

 

 

 

恋人に魅了された理由

10/03/2008にアップした文章です。

実際問題は、本能的なことが多いのでしょうが、ヒトとして生まれてきた限り、それは二の次にしてしまうのが哀しい傾向です。容姿では、「危険を感じない」「むしろ、安定や安堵を感じる」というのが、キーポイントになっています。なので、売れている芸能人のたいていの顔というのは、左右を対称にしてみるとかなりバランスが取れています。容姿の何に「安定や安堵を感じるか?」というのは、遺伝子の中に汲み汲みと繋がってきた、祖先がどこに住んでいてどんな考えでどんな暮らしをしていたか?というのに、影響されており、狩猟民族であれば、おそらく体格がよかったり、筋肉が発達していたり、というのがあるのでしょうが、逆に農耕民族がちであれば、ふくよかだったり、笑顔が多いこととその笑顔で得られる温かみなのでしょう。が、大脳皮質を発達させてしまったヒトがゆえに、後付の理由が欲しいところ(笑)。



こんな記事がありました。”恋人のここが好き!ランキング”

この手を見て、私はいつもこの漠然とした答えにたいへんな疑問を持つのですが、アンケート形式だから仕方ないんでしょうね・・・。このランキングに入ったものを辞書でしっかり引いてみる・・・。予測としては、非常に曖昧なことを指しているのだろう、ということがわかるはず・・・という目論み。

 

優しい:(1)穏やかで好ましい。おとなしくて好感がもてる。(2)思いやりがあって親切だ。心が温かい。(3)上品で美しい。優美だ。

[二] (1)身もやせるような思いでつらい。他人や世間に対してひけ目を感ずる。恥ずかしい。(2)心づかいをして控えめである。つつましやかである。(3)(節度をもって振る舞うさまが)殊勝である。けなげである。

〔動詞「やす(痩)」の形容詞形で、身もやせ細る思いだというのが原義。平安時代には[二](2)の意でも用いられ、つつましくしとやかなさまを優美と感ずることから[一](3)の意が生じた。[二](3)は優位の者がほめことばとして用いた。→やさしい(易)〕

大事: (名)(1)物事の根本にかかわるような重要なこと。一大事。⇔小事 (2)大事業。また、大それたくわだて。(3)大変な事件。深刻な出来事。(4)〔仏〕 出家修行して悟りを開くこと。一大事。(5)技芸における真髄。秘伝。(6)病気や傷が重いこと。重態。(7)生死にかかわるような危険。(8)困難なこと。手ごわいこと。(9)不都合。さしさわり。→だいじない 

 0 (形動)[文]ナリ(1)大切なさま。重要なさま。(2) 粗末に扱わないよう気をつけるさま。価値を認めて注意深く扱うさま。大切。

ないもの:今ここに無いもの。

まじめ:(1)本気であること。真剣であること。また、そのさま。(2)誠意のこもっていること。誠実であること。また、そのさま。

素直:(1)性格や態度にひねくれたところがなく、あえて人に逆らったりしないさま。(2)技芸などに癖がないさま。(3)物の形がまっすぐであるさま。(4)飾り気がなくありのままであるさま。

 

うん、やっぱりものすごく曖昧で、捉え方には個人差があり、これをNarrow Downしていくのはかなりたいへんだろうと思う・・・。大脳皮質が発達したというのに、どうしてこの程度のことになっちゃうんだろうなぁ。以前にも書いたのですが、こうした資料・データというのはとても有効に使えるので、Gooにお勤めの方には、もう一ひねりしてもらいたいものだ・・・と、相変わらず考えてしまいます。お仕事だから、疲れちゃうんだろうけれども・・・。

 

優しい:(1)穏やかで好ましい。おとなしくて好感がもてる。(2)思いやりがあって親切だ。心が温かい。(3)上品で美しい。優美だ。

 

というのは、穏やかだということで、冒険心もなければ、気概もないようにも感じられるではないですか・・・。思いやりという考え方も、個人によって違うのだろうし・・・。私は、泣いているときに泣いていることそのものを「ないことにしてくれる」というのが思いやりだと考えているのだけれども、あるヒトにとっては、「抱きしめて慰めてくれる」というのが思いやりなんだろうし・・・。それが一位なのか、と思うとどうも不思議です。こんなに漠然とした言葉であれば、私は選択肢にあれば、「強い」を一位にしますね。私は生命力がたくさんあり、その質にはサバイバルスキルがついているヒトが大好きですから。

 

(1) 大切なさま。重要なさま。(2) 粗末に扱わないよう気をつけるさま。価値を認めて注意深く扱うさま。

 

これも、私の場合、西さんは何事も自分以外の物事や人に関しては、粗末にするわけもないので、前提ですね。大切にされないときもあるとは思うんですけども、それは例外中の例外で、仕事が超多忙だとか、具合が悪いだとか、理由が納得が行くときくらいで・・・。普段、西さんは自分の靴下などは好き放題に脱ぎ散らかしていますが、それを片付けるのも自分なので・・・(汗)←私は片付けないんですよ。片付けると怒られるし(笑)。

 

ないもの:今ここに無いもの。

 

ものすごく重箱の隅をつついているような気がしますが、「自分にないものを持っている」とはイッタイ何?ヒトは、人になって、いろいろなことを学んで、潜在的に持っているものをどんどん開花して生きていくと思うのです。その中において、自分には「少ない」「いざという場面で出せない」というものがあっても、「ない」というのはありなんでしょうか?私は「人殺しを決行するほどの憎悪」を持ちたくないと思っていますが、そんなものは引き出されてしまうかもしれないので、ギャランティーはできず・・・。理系に取り組む根気や素質はないと思っていましたが、やはりあったし・・・。「明るい」ということはたとえば、その明るさがコンスタントに出ており、誰や場面などにかかわらず、状況や人に左右されるような差別的な態度ではないということではないのか・・・と。

 

まじめ:(1)本気であること。真剣であること。また、そのさま。(2)誠意のこもっていること。誠実であること。また、そのさま。

 

これも、やはり当然と言えば当然なので、特にこれを求めるということなのだろうか?なんだかもう言及したくもなくなってきており・・・(汗)。

 

素直:(1)性格や態度にひねくれたところがなく、あえて人に逆らったりしないさま。

 

素直が常であっても、あえて人に逆らうべき場面というのはきっとあるはずだろうな・・・とは思うのですが、きっとこれを選んだ人はそういう意味で書いたわけではなく、ひねくれてしまったやつとつきあうなんて面倒くさい、ということなのかなぁ・・・。味気ないなぁと思うんですが、どうなんだろうか?

 

と、また文句だらけになってしまったのですが、私はやはりこうしたアンケートが横行すると、楽しいというよりは、「アホらしい・・・」と思うことが多いのです。どうしてこうも大雑把にしてしまうのか・・・。もしも私を選んだ理由を、こうした項目で類別されてしまったら、私はとても哀しいですし、むしろ「あらゆる要素をここ!という場面や相手に使えるから」くらいな気の利くことを認知してもらいたいです。

 

むしろ「理由なんか言えない」と、本能的な自分のサガを認めてもらえたほうが、大脳皮質をフルに使わないよりずっと潔いような・・・←厳しい(笑)。こういうのを見ていると、さぞかし褒めることはへたくそなんだろうなと思うのです。誰にでも当てはまるようなありきたりのことで、なぜか片付けてしまって、褒めた気になってしまっており、子どもたちにも褒めてあげることができず、そうしたカサカサしたドライな人生でもやっていけるのだという、模倣学習を提供してしまっているのではないのか?と。

 

私は英語講師なので、褒めるのが半分、まだ足りない点を指摘するのが半分と、半分の法則をいつも意識しています。でないと、イヤになっちゃいますもんね。それに、その褒めも指摘も、当てはまったものでないと、軽率でやっつけ仕事的で、誠意は伝わらないし、優しくもないし、大事にもしていないし、真面目でもないし、素直でもないですしね。

 

と、引用が長くなったので、文章そのものが長くなりました。だったらもうこうしたアンケートは見るなって?だってぇ、ニュースにものすごくおもしろそうに載っているんだもーん・・・。ランキングも上のほうになっており・・・。でも、洗脳されないようですから、いいよね?(苦笑)

 

 

 

季節や気温で気持ちに変化は出る?

ヒトというのは、進化を続けてきて、「身体の声をじっくり聴くことができなくなってきている」というのは、すでに何度か触れてきました。英語スクールだというのに、ここについては基礎コース42レッスン中、10個めくらいに心理レッスンで「進化論」までReviewし、その基本的な考え方から日々の頭と心をどう調整したらいいか?をご紹介します。なので、うちの生徒さんはみんなわかっていただいていると思うのですが、当然季節や気温で気持ちに変化は出ます。

 

進化の宿命や法則性の中で、最も着目したほうがいいのは、「最善・最良の選択」をたくさんの選択肢の中から選べるかどうか?ということなのですが、そもそもその選択肢の多さがもっとシンプルだった頃に比べると、多様性がますます発展し、なかなか「最善!」「最良!」と言いづらくなりつつあります。

 

その前提として、私たちヒトが考えてみたほうがいいのは、そもそもかなり限定されている条件で、その最たるものが「生まれ育った場所の気温・湿気・圧力・日照時間、地産地消している食べ物」が大きく栄養を及ぼします。そういう基本のキが、気温・湿気・圧力なので、季節や気温で気持ちに変化は出ます。脳への影響が大きいのです。

 

  • 高い湿度は集中力を低下させ、眠気を催させる
  • 気温の上昇は不安や懐疑心を低下させる
  • 気温が高くなると攻撃(暴力)的になる
  • 日照時間が増えると楽天的な考えが増加する
  • 気圧が高くなると頭痛が起きる人が増加する

 

たとえご自分の地域の気象状況を把握していたとしても、それにマッチした「アジャストメント」をしているとは限らないのです。視界に入らない限り情報として得ないというスキップをしていて、身体の声が聴けない限り、それは叶わないのですね。なので、気づくと、気分まで変わる、という状態が引き起こされます。

 

たとえば、私は室温18-20℃くらいが頭が冴えるので、Blogやテキストを書くときには暖かい部屋を所望しません。効率が悪くなるからです。レッスンをするときも、みなさんの室温に合わせているので、おそらく12月半ばくらいまではいつでも脱げるように下はT-shirtなどの半袖を着ているのもそのためです。眠るときには暖かくしたほうがいいのは、身体の芯を冷やして脳を促進させて、皮膚温度を上げて楽しい夢を見ることができるように、という配慮です。

 

ただ、ストレスが多すぎてこれらに対するオートマチックな防御ができなくなると、鬱病症状に向かっていきます。ネガティブな思考・認知が出やすくなるわけです。行動に出るまでには、個体差がありますが、それなりに影響され続けていると、早い場合もままあります。

 

季節性のうつ病には、冬季うつと夏季うつの二つが顕著にあり、これらは『季節性感情障害』というのが正式名称。うつ病には何かしら発症の引き金となる原因があるものですが、特に思い当たるストレスの原因が無く、決まった季節にだけ症状が表れるものが季節性感情障害とされ、春と秋の「気温・圧力・湿気・日照時間」にはさほどの大きな変動がないので、アジャストメントが自然に行われやすいからですね。ただ5月病と呼ばれるものは、適応障害(環境順応)と春から夏に変わる比較的暑い日への身体の反応によって起きやすいと言われます。

 

夏を侮ってはいけません。なぜならば現代人にはクーラーがあるから(笑)。室内外の気温差が大きすぎて、アジャストメントが自然にはしにくくなるんですね。知らないあいだに身体に負担が掛かっています。さらに、お日様の光が急激に強くなるので、ここも皮膚がアジャストできないままのこともあります。地産地消しなくてもよくなったことや、便利な世の中で、身体を冷やしたい!という直接的な対処法をし続けると、アジャストする時間を観ずに、摂りすぎてしまうことも多いですしね。

 

冬が長すぎると、本当に鬱症状が出やすくなります。その前の「なんだか気分が落ちる」というのは、健常者にも多く見られます。

 

私は、地中海性気候に住んでいて、雨季をたくさん経験したので、雨が長く降っても脳内ケミカルの変化はさほどありません。でも、やっぱり青い空はいいものです(^^♪ 日焼けはまったーく気にしません!

やることが山ほど!

10/02/2008 にアップした文章です。

 

今日は英語のレッスンは一切ありません。が、朝っぱらから、清原選手の引退試合の記事をたくさん読んでいたら(しかも泣いていたら・笑)、あっという間に1時間半も過ぎていました。しかも、明日の金曜日には、清原選手の家族がTBSにナマ出演するというのに、私はレッスンがあり見ることができません。ビデオ録画では味気なく、どうせニュースにいろいろなことが載ってしまうので、やはりオンタイムでないとダメですね・・・。Mixiを見ていると、さらに清原選手についての日記を書いた方々がたくさんおり、ざらっと見ているだけで30分が過ぎてしまいました。ミスターや王監督のほか、多方面からの「コメント」が書いてあり、その顔ぶれを見たり、感想を見ていたら時間が経ちすぎました・・・。今日はやることが山ほどあり、Things to do リストは詰まっています。

 

9月29日に、コピーマシンが自宅に設置されました。安いものなので、速度が多少遅く感じるのですが、生徒さんを待たせてコピーすることは、半分くらいの確率なのでいいかと(その待っているあいだには演習もしてもらえるし・・・)。そこで、さっそくいろいろな準備したほうがいいシートをコピーしまくっており、けっこう楽しんでいます。家なのにオフィスっていいですね(笑)。このコピーマシンのせいで、やりたいことが増えてしまってかなません(爆)。

 

来週から開始する生徒さんのための、レッスン前準備のための宿題を手渡す準備をしていました。正確には、産業カウンセラー講座のクラスメイトのお嬢さんなので、お母様のほうに渡すのですが、その説明を詳細に書いておかねばならぬので・・・。レッスンの時間そのものは有効に使いたいがため、自宅で準備できることはすべてしてきていただこうと思い・・・。お母様が私のクラスメイトだから特別扱いしているわけではなく、主義としてこれは貫かねば、と思っています。1レッスン90分は、たいていの生徒さんが感じるのは、「短い」ということ。テストなどもそうですが、楽しかったり、集中していると時間はすぐに過ぎます。なので、時間泥棒をしないよう、心がけています。何が必要で何が自宅でできるのか?の見極めが、最近ものすごくよくわかってきました。しかも、その個人差を掴む時間も、私自身がとても短くなってきているので、やはり独立しないと・・・と思います。

 

それに今日は、週末がうんと忙しいので、またもやエッセイの貯め書きをせねばなりません。明日の分まではもちろん、あと2個なので、これを入れても今日中に4つ・・・。テーマを考えるのが、イチバンたいへんで、書き始めてしまえばすぐに仕上がるのですが・・・。しかもお題を探している最中、ネットを使っているので、ゲームをしてしまうという穴もあり(爆)。気づくと時間が過ぎているのは、やる気がないからではなく、中毒性があるからなんでしょうねぇ、ゲーム・・・←言い訳(爆)。

 

他にも、これが終わったら、HPを新しく、私の英語学校用のものにするために、西さんに原稿の基礎になるものを渡さなければならず、その文章をレイアウトをつけて作ってしまわねばならぬのです。今考えているのは、リンクを飛ばす工夫なども含めて、13ページくらいなのでけっこうかかるのだろうと・・・。西さんが、会社の鼎総合企画のHPを私のために変更してくれたのはよかったのですが、あまりに企業色が強く、英語学校には堅すぎて、訪れてくださった方も、こんなカチカチじゃーという印象を受けてしまうので、もっと柔らかく変更してもらうことにしました。そのサンプルを20個くらい探して、3つに絞り、西さんにはイチバンいいものをサンプルだと渡しました。が、それがピンク基調だったので、西さんは「こんなにやわらかいデザインはできない」と尻込みしてしまい・・・。いやいや、私はピンクが似合う女ではないので、ぜひ青で・・・(爆)。というわけで、その細かいデザインは西さんに全体的には任せるとして、レイアウトの大雑把なところや、文言は私が考えなければならないので、これを本当に今日中にやらねばならず・・・。けっこうたいへんです。

 

しかも!このHPの出来具合には、チェックが入ることになっているので(査定をお願いしてしまっているという、かなりな無謀を・・・。が、本気で集生徒さんツールになる役割を担わなければ意味がないので、100%真剣に取り組もうとしている態度なのです。ほら、『まさか三度目はないだろう・・・』ですから(笑)。私は英語講師という仕事がとても好きなので、これをどうしても成功させたいのです)、かなりなプレッシャーはかかっているものの、ダメ出ししていただければ、改善に改善を重ねることができますので。

 

さらに、英語学校を無料範囲で広告するためには、手間隙を掛けて、Mixiにもコミュニティをそれ専用に持とうと思ったのですが、それがまったくセンスがないとダメ出しをされたので、その大改造版を、来週くらいに立ち上げようと思っており、サポートしてくださる方との密なる連絡(というか、私が課された課題を提出するという、至って情けない状態ではあります・・・汗)を毎日これからやらないといけないのです。出来上がった分から少しずつでいいとはいえども、週末にはほとんど時間が取れないので、今日かなりの量をやってしまうのが目標です。

 

とはいえ、ここまで書いて、無理な量だろうな・・・と思えてきました。が、夜は11時まであるので、きっと大丈夫だろう・・・。

 

ゆとりがあれば、教材を作るための素案をしっかり立てようと思っており、これまで英語講師をしてきて、最も効果的だったものを、教材にするための目次くらいは作りたいな、と。目次くらいであれば、組み立ての問題なので、電車に乗りながらでも、週末にもできるので、これはあまり心配はしていません。その後、本当に教材にするために、新しく買ったコピーマシンで、いくつか作成したあと、またダメ出しをしていただく、ということになります。リアルの方にはコピーマシンで作って、製本まがいのことをして見ていただき、遠方のネット関係の知り合いには、テキストで見ていただく、という段取りになります。

 

が、ここのところ、秋になったせいで、すーっと明け方に冷え込むようになったせいなのか、気管支炎ぎみです。咳が出ているんですね。なので、昼ごはんを食べたら、当然の権利のようにお昼寝をしたいと思っています。最近は、昼間のレッスンが1人、週3回入っていて、来週からもう1レッスン増えるのです。週3回の子は、今週はお休みで、来週は来て、再来週から2週間はまた韓国で受験の面接です。だからって、体調を崩してもいいわけではないので、今日は思いきって集中して仕事を効率よくやるためにも、昼寝はしようかと。心配なのは、少し寒くなってきたのか、ネコもくしゃみをしています。いっしょに寝ればいいや・・・←とはいえ、ネコは1日14時間くらいは勝手に寝てますけども(笑)。

 

では、やることが山ほどあるので、お題を探して、週末の分を書くことにします。コピーマシンがあると、本当に便利だなぁ・・・。あんまり家庭には必要なんてないんですけどもね・・・。

 

Paul Newmanが残してくれたもの

10/01/2008 にアップした文章です。

 

Frank Sinatraが逝き、もうひとりのMr. Blue Eyeも亡くなってしまいました。私は日曜日の夜にUSのインターネットニュースを見ていて知ったのですが、その場で号泣。Paul Newmanの作品は、だいたい7割は見ていました。白黒の手に入りにくいクラシック以外は、たいてい見ていましたね。でも、この医学の発達したご時勢に83歳はまだ早いような気がしますが、それでも男性の平均寿命は全うしてるんですね。あまりやってはいけないことですが、私は「次はこの人なのではないか・・・」と妙にビクビクしており、もらった感動がスクリーンに焼きついたり、歌声として残ったとしても、同じ世界をシェアできないことには、とても残念でなりません。

 

Paul Newmanは当時、×イチで、格が違うと専ら野次られていたJoanne Woodwardと再婚しますが、最初の夫人とのあいだにも子どもがおり、たったひとりの男の子だった息子は、DrugのOverdoseで亡くなっています。当時も、よくありがちな「芸能人の子どもの悲劇」と映っていたようですが、彼は特に弁明をすることなく、Drug Rehabilitation Centerを設立します。他の子どもたちはみな女の子で、Joanne Woodwardとのあいだにも、娘さんが3人います。特にすごい女優にもならなかったのは、両親が卓越しすぎていたためでしょう。

 

Joanne Woodward>http://en.wikipedia.org/wiki/Joanne_Woodward >英語版

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%89 >日本語版

 

あ、忘れていた。むしろこっちを先に載せなければいけなかった・・・。Paul Newman http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3 >日本語版 (でもちょっと情報が間違っているかもしれない・・・。6人の子どもと書いてあったのでびっくり・・・)

http://en.wikipedia.org/wiki/Paul_Newman >英語版 やっぱりこっちのほうが詳しい。

 

Paul Newmanは、Newman’s Ownという食品会社を1982年に設立して、その100%をチャリティに寄付していました。http://en.wikipedia.org/wiki/Newman%27s_Own 私が1988年にアメリカに行ってびっくりしたのは、スーパーの棚で、Paul Newmanに微笑みかけられたこと。サラダドレッシングを始め、トルティーヤ用のサルサソースやスパゲッティソースなど、いろいろなものに彼の顔が貼り付けてあったのです。そして、その裏側をやっとしっかり読めるようになったとき、会社をしっかり継続運営させて、彼個人がもらった利益は税金支払い後、全額がチャリティに寄付されていることが明記してあり、その通りに行っていることを知り、なんとなくセールであれば買うようになっていたのです。娘さんも参加していた経営は、かなりうまく行っており、いろいろなところに後援をする機会もあったであろうに、彼はあまり前面には出てきませんでした。

 

私は彼のこの点に強く影響されただろうと思うのです。彼が生涯、チャリティに寄付した金額は、おそらく750ミリオン(800億円)くらいになると言われています。その他、彼が俳優としてアピールした考え方や、映画の中での主張などを入れると、一体どんなことになるのか・・・。

 

俳優をやっているのに、たいへんなプライベートな人間であったことは、彼の暮らしぶりの軌跡を見てもよくわかります。

 

あまりに面倒だったり、自分のチームメイトを大切に思うあまりに、労災や生命保険の出ないドライバーに支払う保険を確保するために、保険会社を丸ごとひとつ買ったことも有名です。彼のレース熱はどこから来ているのか?というと、1969年のWinningで映画でレーサーの役をやったことで、「自分にもGrace(優雅に向いてできること)があるんだ・・・」とびっくりしたそうで・・・。Le Man 24Hoursで2位を獲得したときには、54歳でした。西さんにもこれは学んでほしいことです。Jackie Chenにならずとも、こういう表現もあるのだ、と。

 

正直に言うと、私はTowering Infernoでは、Steve McQueenのほうが好きでした(笑)。が、周囲に言わせると、「早く死んでしまったからの結果論だろう」となじられたり、「元々きれいで整った顔じゃなくて、癖のある顔が好きだもんね・・・」という始末。そうなのかもしれないのだが・・・。が、渡米してからこっちは、私は少しだけ、「徳川家康が偉大だったのは長生きしたからだ」というのも、ある意味では真理だと思うようになり(まぁ、江戸幕府は未だに大嫌いですけどもね・・・爆)、Paul Newmanも自分の信念を死ぬまで続けたというその偉大さに、本当に畏怖を感じる以外ないのです。

 

さらに、彼はかなり大雑把に、「自分は政治的にLefty(左翼気味)だ」と公言しています。「自分みたいな金持ちから税金を取らないのはバカだ」とも。私も、かすかにLefty寄りなので、ちょっと同士気分(笑)。が、私は国防のために、暗殺やアクシデントはありだと思っていますので、Leftyにバレないようにうまくやってほしいものだとも思いますね。大義名分よりも結果を出すことだろう、と、強く信じています。Same Sex Marriageも大賛成ですしね。ただ、バランスなのだろうとは、今は思いますし、Paul Newmanも同じだったとは思うんですが・・・。

 

というわけで、私がNPOを設立しようと思えるような人間である原因の一部には、彼の存在や彼がしてきたことがあります。あれほどお金持ちになるのは無理だとして、お金持ちではなくとも、何かできることを世界中の人々が本当に共生しているように感じられる世界を、少しだけ広げることに関しては、ちょっと真剣に尽力したいと思っているのです。とはいえ、力がないので、その範囲は限られたところから始めるのですが・・・。

 

Joanne Woodwardについても、「家でステーキが食べられるのに、外でハンバーガーを食べる必要なんてないだろう」などと、おどけて言っていたりするくらいに、彼女たちはなかよしだったので、彼女の「生きていく意志や理由」が歴然と減ってしまったことについては、心が痛みます。彼は、「当時、みんなが結婚するな、と言ったけれども、家に帰れば私を笑わせてくれる人がいるってステキなことよ」と、反対を押しのけて結婚したのでした。いいなぁ・・・。添い遂げきったというのは、こんな夫婦のことを言うのだろうなぁ・・・。

 

年齢のせいなどではなく、本当に最近の映画で特筆するものは、割合が減ってきているような気がします。音楽はどうなんだろね・・・(私は好んで音楽を聴かないのでわからない・・・)。というわけで、時間ができたら、またPaul Newmanの映画をちびちびと見ていこうと思います。泣くんだよなぁ・・・(汗)。

 

 

単語は暗記するしかない?

単語は暗記してはダメです。決して自然の摂理に逆らわないでください。お願いします。無駄がたくさん出てしまい、貴重なあなたの時間が目減りしていきます。どんどんドンドン失われていきます。暗記したもので、使わないものは記憶の奥のほうに押しやられていき、すぐに思い出すことができない率が高まるので、意味がないことです。

 

https://zooming.jp/forgetting-curve/ この記事を熟読してみてください。理解してね。結局のところは、身近にある・これは使う!というものを確信して、2回めの学習がラクになる工夫が大切なのです。

 

すでに知っている単語にまた邂逅し、学び直すことこそ、「反復」なのですが、反復が自然に生まれるような環境整備や習慣の付け方こそが、学びの率がよくなる方法です。

 

紙辞書に比べると、スマホのアプリや電子辞書はかなり手間や努力なく引くことが可能です。そうなると、その努力しない分、あまり心や脳もこだわらなくなって、「また引けばいいや」と、暗記なぞしないようになるし、心に止まらなくなるので、奥にずずずーっと移動してしまう可能性は高いです。

 

単語帳も同じことで、日本語に変換して、たとえ例文がついていたとしても、「自分が使う言い回しじゃないじゃん」というものを参考にしても、定着度は低いです。

 

ゆえに、Precious One English School では、暗記は全面的に止めていただき、英語の単語を日本語に直すことすら止めていただく意識を持ってもらうことをレッスンの中に組み入れています。

知らないあいだにいろいろな単語を「推測できる」「なんとなくわかる」の状態にしたほうが、ラクじゃないですか?それよりも、これまで使ってきたエネルギーを、発音・速読・書く・自分について考えるなどなどに、もっと有効に費やしていただいたほうが、見ているこちらもうれしいですし、何より本人が毎回「成功体験の予感」が持てるようになります。

 

わんちゃんにフリスビーを取ってきてもらう遊び方式は、もう一切やめたほうがいいです。だって、大人ですもの。もっと賢い方法はいくらでもあります。単語帳など要りません。

 

もしも辞書を引きたいのであれば、英英辞典に早期に変換することをオススメしています。そうなると、英語を読むのも一石二鳥(三・四・五羽くらい狙える)のです。

 

  • 英語を読むのに慣れる
  • 映像化が進む
  • 自分の推測が正しかったかどうか答え合わせができる
  • 発音すらチェックできる
  • 例文が読める
  • 同義語までチェックできる

 

などなど、いいこと尽くめで、英和辞書を引くよりもずっと効率がいいです。

 

これらをご納得いただけるようになるには、やはり今までなぜ英語の単語が頭にすんなり入ってこなかったのか?を、しっかり振り返っていただくことが必要になります。勉強法と言われるものは、テスト対策はしていても、永遠に賢い頭脳をキープするためになっているとは限りません。自力で考える力を促進するような、一石多鳥方式をぜひとも自分なりに作っていただけたら、と願うばかりです。

 

そのために、Precious One English Schoolは存在しています。

 

どうしてこの人とはうまく行かないのか?

09/30/2008 にアップした文章です。

 

私のこれまでの経験則でいくと、「どんなに努力してもうまくいかない人」というのは実在します。その原因というのは何にあるのか?というのを、かなり見過ごしてきたような気がしますが、日本に戻って来てから、再度、日本文化やその中での人々とのおつきあいのやり直しをしているので、もう少しクリアになったところもあり・・・。ひとつ言えるのは、目の前にいる人という種類の中にいる人を全般的にどう捉えているか?というところで、まず大きく変わってきます。私は相性という言葉が嫌いで、使うことを避けていますが、この最初の二又に分かれる人の見方というのが、相性の大半を占めているような気がします。



ある人は、「性善説-性悪説」で分けるだろうし、ある人は「運命は定まっている-運命は自分が切り拓く」という考え方で分けるかもしれないし、ある人は「考え方が同じなほうがうまくやっていける-考え方が違ってもうまくやっていける」などだろうと思うのです。それは自分の経験則で、最も成果が上がっているものを選ぶことになっています。私の個人的経験則が採用したものは、Openness to New Thingsというもので、「今の自分にとって新しいものが来たときに寛大さがあるか-固定概念でこれまで成功してきたものを強く信じて譲らないか」というのが指針になっており、固定概念に捕らえられてしまっている人とは、なかなかうまく行かないことが多い結果になっています。

 

人間関係がなべてうまく行っているから、自分の相性の最初のザル(スクリーニングをするツール・指標)が正しいと思うのもかなり間違いで、その人間関係は表面的なだけかもしれず、ただただ波風が立っていないだけかもしれず、同じ考え方の人々とだけムラを作っているだけかもしれないので、ここはみんな、ちょっとだけ立ち止まって考えてみるのはいいことです。

 

私の場合、生徒さんは私よりも年下の場合が98%なのです。英語学校というのは、それなりにお金がかかるところなので、資格に繋がったり、本当に仕事に使えたり、なんらかの目的がある人が集まっています。45歳を過ぎて、真剣に英語を大金をかけてやり直すという人はあまりおらず、それ以上年上の人々というのは、おそらく大半が、カルチャースクールや独学を通しているのではないかと思うのです。歳を重ねると、ヒトとして長くやってきた長さがまずあり、簡単に言えば「頑固」で、よく言えば「哲学がそれなりにある」わけで、他人から物を請うて教えてもらうことも、なかなかできない人もかなり多いです。が、英語学校の生徒さんたちは、この「今の自分にとって新しいものが来たときに寛大さがあるか-固定概念でこれまで成功してきたものを強く信じて譲らないか」ということで言えば、かなりオープンな状況にある人々が多いのです。ただし、表面的にオープンがゆえに、私がUnlearningをするのはかなり難しく、これまで強く信じてきた経験則というのは、最も高いハードルです。

 

-英語はNativeの先生に学ばなければいけない

-中学・高校で学ばなかったせいで、今英語ができない

などなど、「そうじゃないんだよ」と新しい考えを入れても、すんなり受け容れる人のほうが、学習効率やスピードは上がっています。

 

まぁ、これは英語に限ったことなんですが、私にとっては人間関係もコレに似たようなものがあり・・・。

 

私個人は、他人様の基準となる物事から逸脱したことが多く、それについて力説などした日には、お友だちなどいなくなってしまうことが多い(笑)。つまり、かなり多くの人にとっては、「これまで慣れ親しんだ考え方ではないものを運ぶ面倒なやつ」になってきていたのです。子どもの頃は、毎日が新しい発見だったのに、大人になってからは、そういった面倒なことをわざわざ提案するやつはダメらしい。さらに、学びが足りないという誤解を受けることになります。いやー、私は学んできていても、まだまだ昨日の耳かき事実のような漏れはあると、傲慢ではないだけなのですが・・・。

 

マニュアル本というのがあります。ダイエット本もあります。あれらは、おそらく、占いなどと同様、「ごく平均値」に近い物事を、魅惑的に書き並べたもので、恋愛にしろ、ダイエットにしろ、人々がユニークで特別で多様的な限り、うまく行く人は、平均値-1Zから+1Zのあいだにいる68%くらいの人々に限るのです。が、それも軸がブレているので、微妙な誤差があるので、成果は68%前後になることはないのでしょう。How to本のほぼすべてにも当てはまりますね。が、あれらはベストセラーになることも多く、日本人のメンタリティを象徴しているものです。母もみのもんたのことを、「みのさん」とさん付けし、『朝バナナダイエット』の本を買ってしまっているので、なんともDefendできないワタクシなのではありますが・・・。それが・・・、昨日、いっしょに本屋に行き、『朝バナナダイエット』の本がベストセラー棚に並んでいるのを見て、「あ、あった。見てみれば?」と言ったあとに、こそこそと部屋の奥から出してきたという始末。とりあえず、彼女は私の「流行モノ嫌い」を知っているだけで、感謝したほうがいいのかもしれないと思い、苦笑しながら彼女のやり方が間違っていないかどうか読んだのです。が、あれ、12分ほどで全部読みきってしまいました・・・。それよりも、アレがMixiから出発したということのほうに、魅了されてしまった次第です(爆)。

 

産業カウンセラーのクラスメイトのうちのなかよしと飲むと、いつもこの点だけは違うなぁと思うのです。「違う」ということを心から楽しんでくれるので、産業カウンセラー講座にも参加する気持ちになるのでしょう。人のメンタリティをもっと詳しく知りたい、と。

 

その最たるいい例が西さんで、私の人生には、彼以前にも男性はいましたし、彼後にも男性は山ほど登場しましたが、彼の美徳は、私の頭の中をものすごい情熱と好奇心と畏怖で理解しようとしてくれたことです。これが愛なんですね。私は、そもそもまったく容姿的には彼のタイプではなかった。が、彼の建前としては、「容姿より中身」というのがあり、それを忠実に守った形になっています。こんなに長いこと、私の頭の中に興味を持ち続けてくれた人は、本当に稀です。

 

目下、NPOを設立しようと、またもや壮大な計画を立てているのですが、それを理解するだけでも、メールで4往復を費やしました。その全貌が大きな絵柄としてわかったときには、西さんは意気消沈し、「こんな発想は私にはできない」と悲嘆に暮れていましたが、その後、やはり「いつかちゃんと日本に戻って参加したい」と思うくらいにまではなってくれました。NPOと駅前英語学校設立を同時期にターゲットしており、そのための準備で、資金調達で、今後はますます忙しくなりますが、西さんは大きな支えになってくれます。

 

私が今まで「どうしてもうまく行かなかった人」は、自分が持っている経験則をやたらと過信しており、「俺様はゼッタイに正しい!」とまでは行かずとも、その傾向が強い人が多かったのです。なので、これからもこれはきっと、私がこう思い込んでいる限りはそうなっていくのでしょう。が、これを信じることで、大きな損失はそれほどないので、この点を見ていくことは止めないと思います。止めたほうがいいと思う方は、ぜひぜひアドバイスください(笑)。

 

「どうしてもうまく行かなかった人」のヒトへの価値観というのを、もう一度見てみるのはおもしろいと思いますね。

 

 

耳かきの事実

09/29/2008 にアップした文章です。

 

私は、若い頃、履歴書のシュミ欄に「耳かき」と書くくらいに、耳かきが大好きなのですが、ニュースを見ていたら、こんな哀しい事実が・・・。そうだったのかよ・・・と、かなり頻繁に耳かきをしている私は、脳天を勝ち割られたような、大きな否定をされたような・・・。耳かきごときでこんなにブルーになれるやつがいるのか?と笑いませぬよう・・・(苦)。

 

要約すると、流行っている耳鼻科医では、毎日のように1~2人「耳かきそうじでのアクシデント」で来院する人があり、

耳そうじの途中に子供がぶつかってきて鼓膜が破れたり、つまようじを耳かき代わりに使い耳の中を傷つけ出血するケースが多い。歩きながら耳そうじをしていてこけて、鼓膜を破る人もいる。

うひー、我が家はコレはないぞ、と。つまようじや鉛筆やその他、違う器具を使ったことはないし、耳そうじは真剣勝負なので、歩きながらなんてやらない・・・。どれだけ大きな耳垢が取れるか?というのは、楽しみのひとつなので、やりたくても1週間待つことすらあり、しばらく忙しくてやっていないと、大きなやつが取れるので、とても歩きながらなんてやれるもんじゃーない。TVを見ながらならやるけれども、頭の方向は一定にしてるしね・・・。

 

そもそも、耳穴に指が入りますか?私は小指でも入り口で止まってしまうので、爪がたとえ伸びていても、それほど危険でもなく、指を入れること=苛立ちを招くこと、なのでやっていません。が、耳かき以外の器具を使うなどというのは、ありえない。マッチ棒もシャーペンも鉛筆も竹串も、耳に細さのものは、先っちょにヘラがついていないので、耳の壁をこそぐことができないではないですか・・・。

 

耳垢の質も問題らしい。私は耳垢に関しては優性遺伝なので、かさかさ耳なのですが、劣性遺伝している脂が多いネコ耳の人はピンチらしい。

 

湿った耳アカの人だと、キャラメルのように耳の奥に固まって詰まってしまい、難聴の原因になることがある。

「こうなると耳鼻科で耳そうじをしてもらうしかありません。耳アカを溶かす薬を耳の中にたらした後に、耳専用の顕微鏡で見ながら耳そうじをすることになります」

 

西さんがネコ耳なので、これはメールで言ってあげないといけない・・・。が、彼は耳そうじはそれほど好きでもなく、かなり放置しているので、きっと大丈夫だとは思うのだけれども。あー、飛行機の中や仕事の合間に、耳かき以外でやっている可能性も否めないなぁ・・・。真剣に向き合って耳そうじをしているとは思えないからなぁ・・・。ちょっと心配(笑)。

 

母は昔から難聴を呈しており、最近ではいろいろな言い訳に使うのですが、彼女はかさかさ耳です。なので、耳そうじの仕方というのが問題なのかも・・・と読み進めていると、

 

耳かきの家族共有はやめ、左右の耳をそうじするのも耳かきを消毒しながらにするべきだ。

「最近はばい菌やカビが外耳から中耳にまで感染する例が多く、右耳に続いて左耳も、あるいは家族に感染したという人が多くなっています。その原因のひとつが、耳かきの共用なのです」

 耳の中にカビが生えると、耳かきをしても一向にカビが減らず、毎日耳鼻科に通うことにもなりかねない。

 

うーん、方法論ではなくて、器具の共有についての注意喚起か・・・。我が家では、母は綿棒なので、私がひとりでMy 耳かきを持っているのです。なのでこれはない・・・。ただ、イチイチ雑菌を消毒しているのか?と言われるとそれはなかったので、ちょっとショック・・・。耳の中にカビが生えるという図柄を想像しただけで、ちょっと悪寒が・・・。

 

そこで、耳の中に入ってくるカビの種類について調べてみる・・・。

生活の中のさまざまなものが耳の中に入れば、菌が育つことがわかってしまう・・・。おー、怖い。だとしたら、エアコンだとか壁だとか、空気に乗っているカビは全部耳に入る可能性はあるんだな・・・。

 

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%80%B3%E6%8E%BB%E3%81%8D ついでに耳かき道具の歴史なども見てみる・・・。そうか。やっぱりチタンのやつを導入しようかなぁ。抗菌効果があるらしい。

 

イチバン堪えたのは、耳かきはそんなに頻繁にやってはいけないということ。私は、それをわかっていたらしく(体感と、これまで生物等を学んできた経験則からなのだけれども)、なるべく我慢して、1週間から2週間くらいは我慢できるのだけれども、やっぱりやりたい(笑)。その理由は、「即結果がわかる」という、私のイラチな性格のせいなのだった・・・。だから家事でも料理は好きだけど、キリがない掃除は嫌い。洗濯機の中を覗いているのは好きだけれども、干すのは嫌い、など(爆)。目に見える即効なものが好きなのだね・・・。

 

「そもそも耳アカを汚いだけと考えるのが間違いです。殺菌性があるほか、外耳道の表面の乾燥や、蚊やハエなど小さな虫が耳の中に入ることを防ぐ働きがあるのです。それに、外耳道の中を覆う組織はいつも新陳代謝を繰り返していて、自浄作用によって、ごみや耳アカを耳の外に出しています。そのため、あまり耳そうじをやりすぎると、自浄作用を妨げて、かえって耳アカがたまりやすくなります」

 

 耳そうじは、2週間に1回くらい、風呂上がりに耳の入り口の浅い部分を綿棒などでやれば、十分なのである。

この最後のステートメントは、本当に大ショックだった・・・。やっちゃいけないのか・・・と禁止令を出されたような・・・。私が江戸時代に生まれていてキリシタンだったら・・・ということを考えてしまうくらいに、ショックなのだった(汗)。

 

そして、検索をしていてびっくりしたのは、美女の膝枕で耳かきをしてもらうお店があるということ。 風俗店ではありません、としっかり書いてあり、料金も風俗の値段ではないです・・・。やっぱり耳かきという行為そのものが、何か癒しなことなんだろうなぁ・・・。それを禁止されるって、どのくらい圧迫感があるかわかります?(笑)

 

最後に、耳かきが好きな人にはいいブログを紹介しておきます。http://mimikakiblog.seesaa.net/ 私は、やっぱりこの黒い綿棒には魅了されてしまいました。たかが耳かき、されど耳かきなんだなぁ。今日は本当にショックだったので、抜粋もたくさんして、長くなってしまいました。うーん・・・。今後私の耳かき方針はどう変わるのか?チタン製のものを導入して抗菌を徹底することのほか、この黒い綿棒を買おうかな、と。あとは、やはり2週間以上は待つ、というのを徹底しないとなぁ・・・←カレンダーに書き入れるほどのことでもないか・・・(汗)。

 

 

睡眠の質をあげるには?

基本のキは、寝具と寝室環境のチェックです!自分に合った寝具を揃えることと、真っ暗あるいは豆電球の薄暗さを揃え、音がさほど出ないような環境にして、カーテンも季節によって調整してください。

 

1.定期的に運動をする

 

肉体が疲れるので、眠りの質は高くなります。有酸素運動と無酸素運動の双方を取り入れることができれば、尚ヨシです。

 

2.光をしっかり遮断してから眠りに就く

 

光は、体が規則正しい睡眠サイクルを助けるメラトニンやホルモンを生成するのを抑制します。理想としては、ベッドに入る前にデジタルデバイスを使うのを完全にやめたほうがいいです。が、多くの人にはコレは無理!という方が多いです。

 

私個人は、PCの電源を切ってから、歯磨きをして顔を最後に洗って、本を開いて、横になってから読み始めて、その日の疲れによって、読めるページ数が変わります(笑)。Kindle本の場合は部屋の電気をしっかり消してしまえるのですが、視力は悪くなりますね (・・;) なので、タイマーつき30分で、暖かい色というリモコンにして、暗めに設定しますー。

 

3.睡眠パターンを作る

 

多くの学者は、毎日同じ時間に寝て、同じ時間に起きることもすすめています。こうすることで、体内時計が規則正しくなり、睡眠パターンに脳が指示を出しやすくなります。

私は目覚まし時計が要らないのですが、昨今は20歳半を過ぎた猫、🌸さくらがおなかを空かせて私を起こします。悩みます・・・。彼女は歳を食ってしまったので、刻みでごはんを食べるんですよねぇ。起きないわけにはいかず (・・;)

4.就寝前の儀式をしっかり作る

私の前述の儀式には、ストレッチが加わります。フツーの女性のように化粧水をつけるとかハンドクリームを塗るとか、そういうのはありません(笑)。ローメンテなのです。起きたときもストレッチ;ネコのポーズだけはするんですけどね。さらに、翌日のコーヒーのために階上にコーヒーカップをセットしに行きます。そうすると、「もう寝るしかないな」という気分が高まる(笑)。ネコにもキスをしますし、家人が起きていたらちゃんと「おやすみなさい」を言います。あ、ネコにも言います(笑)。

5.カフェイン摂取の時間を区切る

眠るのがたいてい午前0時くらいなので、夕方18時以降はなるべくコーヒーは控えます。若い頃は代謝がとってもよかったのですぐ抜けたことと、職業的には夕飯後も飲めたんですが、今はもう無理ですね。覚醒状態が続いてしまう傾向になりました。そうねぇ、40歳過ぎてから、かな。

アルコールは不思議とすぐに眠れてしまうので、眠りの質が悪くなっていると感じたことがないので、もうちょいしばらくは大丈夫そげです。ところが、「嗜む程度」ではなく、酔っ払うまで飲むから、というのが原因なようで(笑)。眠りの質が気になる人は眠る2時間前までには終了!としておいたほうがよさそうです。

6.おやつの質を変えて定着させる

眠りの質がよくなる食品というのがあるらしい・・・。夜眠る前に「小腹が空いた」というときには、以下のようなものがいいということです>これは知らなかったので一生懸命調べてみた(笑)。

  • 乳製品やケール(カルシウム)
  • クルミやヒヨコ豆(トリプトファン)
  • アーモンドや全粒粉(マグネシウム)
  • さくらんぼ(メラトニン)
  • 魚(ビタミンB6)
  • カモミールティー(グリシン生成)

日常的に摂り入れる努力をしたほうがいいのは、https://tokusengai.com/_ct/17213293 にあるように;

①トリプトファン

トリプトファンを多く含む食材

牛乳、バナナ、チーズ、大豆製品、鶏むね肉、牛肉、ナッツ類、カツオ、マグロ、卵など

人間の体内で産生できず、食物から摂取しなければならないアミノ酸が、“必須アミノ酸”。トリプトファンは9種類ある必須アミノ酸のうちの1つで、神経伝達物質であるセロトニンの原料になります。セロトニンが不足すると、精神的に不安定になって気分が沈みやすくなり、不眠の原因に。

さらに、セロトニンからは、別名“睡眠ホルモン”と呼ばれるメラトニンが作られます。メラトニンは、睡眠のリズムを整えてくれるので、その点からも快眠には欠かせない成分です。

②GABA

GABAを多く含む食材

カカオ、玄米、トマト、粟・キビ・大麦などの雑穀、ブロッコリースプラウトなど

アミノ酸の一種であるGABAは、脳や脊髄で働く抑制系の神経伝達物質。脳内の血流を活発にして、酸素の供給量を増やしたり、脳細胞の代謝機能を高めたりしてくれます。さらに、興奮を抑えて、心身をリラックスさせる働きがあるので、不眠に効果的です。

③グリシン

グリシンを多く含む食材

エビ、ホタテ、イカ、カニ、カジキマグロなど

心地よい眠りにつくには、手足の末端から体温を放熱し、深部体温を下げる必要があります。そのときに有効なのが、深部体温を下げる働きのあるグリシンです。グリシンは、全身に存在するアミノ酸の一種。体内時計に作用して、睡眠のリズムを整えてくれます。

うれしいのは、どれも私が好きな食材なので、日々けっこう食卓に上るなぁと実感できたこと。自然にやってたかー、と(笑)。

7.眠るときにしっかりと時間を確認しないで、目覚ましのセットだけをチェックする

たいていの方々は、眠る直前に時計を見ると、「あー、こんな時間になっちゃった感」が多いようなので、その傾向にある場合は、「あと何時間しか眠れない」とネガティブな捉え方になってしまい、眠りの質が下がるようです。何時に起きてもいい、という生活をしている場合は、見てもそんな気持ちにはならず、アラームを8時間後などにセットできるんですが・・・。

私はもう目覚ましで起きることはほぼなくなりました。とっても重要なアポがあるとき、変則的なときはアラームをセットしますが、起きてから自分で「うるさい!」と言いながらプッシュしています(笑)。

うーん、定期的運動は課題だなぁと思って、この寒い中がんばろうと思った本日でした(笑)。みなさまはいかがでしたか?

正義の建前

09/28/2008にアップした文章です。

 

殺しても飽き足らないような人というのは、確かに実在します。Mass Destruction(大量・大規模破壊)を画策するような、人の心のカケラもないような人というのは、やはり「死んでくれないとどうしようもない」というような・・・。たとえば、死んでしまった人をとやかく言うのは気が引けますが、Saddam Husseinは、裁判に掛けられただけありがたかっただろうと。彼のおかげで、本来は持っていなかった憎悪や恨みなどの感情を、歪んだ知識付きで、身につけてしまった人というのは、数にしたらどのくらいいるのか?さらに、それを人生の中の最も大きな指標として、歓んで死んでいってしまったり、他人の生命を奪ってしまったり、という影響された人の数というのはどれくらいいるのか?を考えると、ものすごい数になるので、「いないことにしたほうがいい人」というのは、やっぱりいるのかもしれないよな、と、国防やら正義を考えると否定は到底できないのです。



昨日も高橋英樹が、西村京太郎シリーズの十津川警部を演じており、その中で、「どんなに悪いことをした人でも奪っていい生命などないんだよ」というような台詞を吐いており、「いや、そうでもないかもしれないよな・・・」などと思ってしまったわけで。十津川警部が対峙している加害者は、やはりもっとプライベートな理由で、殺人をしているような気がしないでもないので、それは当てはまるのかもしれないけれども・・・。

 

あ、ここで名言しておくのですが、私は、死刑制度は、日本にはあっても過渡期なのでしょうがないと、妥協している立場です。アメリカのまだ残っている州に対しても同じこと。が、なるべくであれば、死刑執行はしてほしくないと願っているのです。

 

が、本音のところで言えば、もっと体制が厳しくなり、逮捕までのプロセスの中、「なんらかのアクシデント」があって、裁判まで行かずとも死んでしまうことがあっても、あまり気にしません。警察がひどい!という批判は、私はあまりせず(そりゃー、任務遂行に関係ない、贈賄や収賄、拳銃を使っての自殺などは批判の対象だと思いますよ・・・)、「逮捕劇の途中、アクシデントがあったほうが、税金も節約できるし、凶悪犯にはそれに見合ったような刑も整備されていないんだし」と思うような冷たいところが、私には大いにあるのです。ただ問題なのは、その捜査官の一人信念や一人合点で、冤罪なのに死んでしまったことなどが起きる可能性があるということで・・・。

 

Mitch Rappシリーズを楽しんでいる私にとっては、やはり、法に照らし合わせてなどいられないほどの「いないことにしたほうがいい人」というのは、やっぱりけっこうたくさん居るよなぁ・・・と感じずにおられず。本当に贖罪できるには、何度か生まれて何度か死んで、を繰り返さないと無理だろね・・・という人は、ナイーブだった私が考えるより多い。ただ、その基準というのにバラつきがあるのは、まずいんでしょうね。王様ひとりが「殺せ!」と言ったから執行、というのにごくごく近い死刑は、未だに世界のどこか(あえて言いませんけども、あの国もそうだし、あの国もそうだよな・・・)で行われているのですが、それでもあれを批判するためには、やはり私のような本音はあったとしても、プロセスの中で殺人行為が起きているという解釈になるわけで・・・。

 

最近は、国防の彼方にある倫理観や存在意義という、大きな地球・宇宙全体に目が向けられるようになり、歳を取った甲斐がそろそろ出てきたのかなぁと思えつつあります。もちろん、国内利益のことを考えなくもないのですが、地球が崩壊してしまったら、小さい国々のことはそれほど問題ではなくなってしまうので、まずは「存続すること」が大切で、その次に「よりよく存続すること」が大切なのだ、ということがわかり、自分の利益から、市町村の利益、などと、どんどん環を大きくできるようになり、ランドセルを背負って泥だらけになっていた自分が、そんなときにはなつかしく感じます。

 

もちろん、体制や枠組みが大切なことは否定しませんが、それにばかり心を傾けすぎていると、小さいことがおざなりになり、さらに、もっと大きな存在そのものについて、宇宙の中にある地球という大きな舞台について、忘れてしまうことになります。

 

ここまで考えることができるようになると、Hawking博士などは、頭の中にもっといろいろなものが詰まっており、たくさんのことを頭の中で整理できるがゆえに、きっと毎日おつらいのだろう、などというくらいには、その天才の規模についても考え付くようになれます(自嘲)。

http://en.wikipedia.org/wiki/Stephen_Hawking >英語版

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0 >日本語版

が、これらを読むと、まったく遠いのだろな、とも思える(笑)。

 

人口が67億になってしまったことも、たいへんに焦らねばならぬことなのですが、ゾウがいなくなることも気にしたい。でないと森林やフィヨルドやその他、自然形態までもがおかしなことになる。でも、Mass Destructionを画策している人々は、人が密集しているところにすら核やミサイルや化学兵器などを隠し持っていたり、開発作業を進めていたりしますし、自然を破壊することにも懸念はありません、自分たちにとって大義が守られれば・・・。自分たちだけよければ、他人などどうでもいい人たちがたくさんいるわけです。その規模がささやかであっても、日本でも個人主義を間違って輸入し、利己主義満開で暮らしている人々も増えています。

 

さらに、純粋無垢な子どもを、自分の偏った性愛の対象にしているやつなどは、その後何十年ものあいだ、何人もの人々を不幸にすることを、まったく考えない。自慢なのか!と腹が立つことがよくありますが、「犠牲者の描写」を獄中から平然とするやつらがいます。彼らなどは、逮捕のプロセスでアクシデントが起きてしまったほうがよかったのに・・・と思わずにはいられず、矯正の余地がある人々だけが、データを取るために実在してくれているといいな、などと思わずにいられないのです。私は、遺族の気持ちを考えずに、死刑制度や死刑執行に反対しているわけではありません。公的に死刑にしたところで、戻ってこない尊い生命は戻ってくるわけもなく、気が晴れるわけでもないことは、たくさんの遺族の方々のインタビューを見ても、その確率は大きなものです。できることなら自分の手で殺したい、とおっしゃる方々が多い中、そんなことをするやつらに対しては、ゴルゴ13やその他実在するContract Killerにお金を積んでくれる大金持ちがたくさんいるといいのになぁ・・・と、めったにありもしないことを望んでしまうのです。めったに、というのは、いくばくかは実在するということです。

 

その証拠に、日本でもTV番組で、『怨み屋本舗』というのが流行したようです。私は二度ほど深夜に見たのですが、あの気持ちはわかるなぁ・・・と。正義にはどうしてもシステムの中に組み込まれており、それには建前が必要です。それをLaw abided Citizenとしては守っていますし、賛成もしていますが、本音を言わせてもらえるのであれば、やはりひどいMass Destructionや不可逆な不幸をもたらすようなやつに関しては、アクシデントで死んでもらってもいいよな・・・と思うのも、私の中にしっかり根付いているのです。

 

今日は虫の居所が悪いのかって?うーん、やっぱり純真無垢な子どもが死んでいくような事件をたくさん見ると、どうもこういう気持ちにはなりますね。が、いつもそうして本能的に、感情的に、そうした人々は許せない!と思いつつも、やはり本能や感情だけで生きてはいけないのだ、と叱咤激励を、自分にしている、というのが日々なのだ、ということが言いたかったのかもしれません・・・・。